48時間 (映画)
1982年のウォルター・ヒル監督によるアメリカ映画
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『48時間』(よんじゅうはちじかん、原題:48 Hrs.)は、1982年に公開されたアメリカ映画。白人刑事が脱獄した凶悪犯を捕まえるために彼をよく知る黒人服役囚を48時間仮釈放させて、事件捜査を行うバディもののアクション映画。監督はウォルター・ヒル、脚本はラリー・グロス、スティーブン・E・デ・ソウザ、ロジャー・スポティスウッドの共同執筆。主演をニック・ノルティとエディ・マーフィが務め、マーフィの映画デビュー作である。また、プロデューサーのジョエル・シルバーの初製作作品である。
| 48時間 | |
|---|---|
| 48 Hrs. | |
| 監督 | ウォルター・ヒル |
| 脚本 |
ロジャー・スポティスウッド ウォルター・ヒル ラリー・グロス スティーヴン・E・デ・スーザ |
| 製作 |
ローレンス・ゴードン ジョエル・シルバー |
| 製作総指揮 | D・コンスタンティン・コンテ |
| 出演者 |
ニック・ノルティ エディ・マーフィ |
| 音楽 | ジェームズ・ホーナー |
| 撮影 | リック・ウェイト |
| 編集 |
フリーマン・デイヴィス マーク・ワーナー ビリー・ウェバー |
| 配給 | パラマウント映画 |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 96分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 英語 |
| 興行収入 |
$78,868,508[1] |
| 次作 | 48時間PART2/帰って来たふたり |
本作はリチャード・ラッシュ監督の1974年作品『フリービーとビーン/大乱戦』と共に、「バディ・コップ」(刑事コンビもの)の先駆けとして知られる。このジャンルはその後、『リーサル・ウェポン』、『バッドボーイズ』、『ラッシュアワー』などの作品によって定着した。1982年に最も商業的に成功した映画の一作であり、批評家からも高く称賛された。本作においてマーフィーはゴールデングローブ賞の新人男優賞にノミネートされ、映画スターの階段を駆け上った。1990年に続編『48時間PART2/帰って来たふたり』が公開され、引き続き、ヒルが監督を務め、ノルティとマーフィーが再演した。
ストーリー
強盗殺人で服役中のアルバート・ギャンズは、屋外での刑務作業中に仲間のビリー・ベアの手助けで、看守を殺害して脱獄を果たす。ギャンズはサンフランシスコに向かうと、かつての強盗仲間ポルーソを殺害し、さらに別の仲間であるルーサーを捕まえ、仲間のレジーが隠した金を出すように要求する。彼女を人質に取られたルーサーは金を隠した場所は月曜にならないと開かないと答え、ビリーはそれまで街で待つこととなる。一方、サンフランシスコ市警の刑事であるジャックは、同僚刑事2人と共にポルーソの名前で車を借りた車泥棒の捜査を行うこととなり、犯人が潜伏していると思われたモーテルを訪れる。その相手こそギャンズであり、彼は刑事が来たことを察知すると刑事1人を射殺して逃亡を図り、人質を取るとジャックに拳銃を渡すように要求する。要求に従ったジャックであったが、ギャンズは奪った銃でもう1人の刑事を射殺するとまんまと逃亡に成功する。
ギャンズの捜査記録を調べたジャックは、今も服役中のレジーに会いに行く。当初は協力を断るレジーであったが、ポルーソが殺害され、ギャンズが脱獄したことを知って、刑務所から出すことを条件に協力することを申し出る。そこでジャックは書類を偽造し、48時間という期限付きでレジーの仮釈放を認めさせる。だが、レジーはギャンズの目的が自分が隠した金であることはジャックに秘密にしていた。
まず、2人はルーサーを捕まえるべく彼の家を訪れ、彼を逮捕することに成功するが、ルーサーはギャンズとは会っていないと嘘をつく。次に2人はビリーを捕まえるべく、彼がバーテンダーをしていた店を訪れ、一騒動の末にチャイナタウンの女の家にいる可能性を突き止める。これらはレジーの活躍も大きかったが、ジャックはレジーを認めつつも、レジーの隠し事に感づいていた事もあって蔑ろに扱い、険悪な関係となる。チャイナタウンにやってきた2人は、レジーの女に、彼の行き先を問い詰めるが、女はもうビリーとは会っていないと答え、手がかりは途切れ、捜査は行き詰まってしまう。
隠し事をするレジーに苛立つジャックは、終いには街中で殴り合いの喧嘩に発展する。だが、結果として2人は打ち解け、レジーは秘密を話す。それは、かつてレジーが賭博場から50万ドル盗み、その金を隠した車を駐車場に長期保管しているというものであった。そこで駐車場でギャンズを待ち受けることにした2人であったが、予想に反して受取にきたのはルーサーであった。2人は車を出したルーサーを尾行し、地下鉄駅で彼がギャンズと人質と金の受け渡しをしようとする現場を抑えようとするが、2人に気づいたギャンズによって銃撃戦と逃亡劇が始まり、ジャックはギャンズを、レジーはルーサーを追いかけるが、結果としてジャックの方は逃げられてしまう。
警察署に戻ったジャックはレジー自身が逃亡した不安を抱えながら彼からの連絡を待つ。やがて逃亡していなかったレジーから、ルーサーの居場所を伝える連絡が届き、彼が潜伏するホテル近くに張り込む。ところが、想定よりも早くルーサーは動き、ギャンズは盗んだバスの内部でルーサーから金を受け取ると彼を射殺する。ジャック達はバスを追いかけ、深夜の街でカーチェイスが始まるが、結果として逃げられてしまう。
今度こそ完全に手がかりを失い、レジーの仮釈放の期限も迫る中、ジャックはせめてもと再収監前にレジーに酒を奢る。だが、そこでバスがチャイナタウンに乗り捨てられていたという情報から、ジャックはギャンズらがビリーの女の家に潜伏している可能性を思い立つ。2人は半信半疑で乗り込んだ女の家で、ギャンズとビリーを発見し、まずビリーを射殺する。再度、金を持って逃走を計ったギャンズは、レジーを人質にとってジャックに拳銃を捨てるように要求するが、ジャックはギャンズのみを撃ち抜き、そのまま射殺する。
事件は一段落し、再収監前に、女と寝たいというレジーの願いをジャックは叶えてやる。そして50万ドルの行方を心配するレジーであったが、ジャックは金を見逃すことを伝え、2人は友情を確かめ合い、ジャックは刑務所に向かって車を発進させる。
登場人物
- ジャック・ケイツ(Jack Cates)
- 演 - ニック・ノルティ
- サンフランシスコ市警の刑事。
- レジー・ハモンド(Reggie Hammond)
- 演 - エディ・マーフィ
- 強盗の服役囚。ガンツに裏切られて捕まった。
- エレイン(Elaine)
- 演 - アネット・オトゥール
- ジャックの恋人。融通が利かないジャックに辟易することもあるが本心では根強い愛情を持っている。
- アルバート・ガンツ(Albert Ganz)
- 演 - ジェームズ・レマー
- 服役囚。自分の邪魔をする人間には一切の容赦がない。
- ルーサー(Luther)
- 演 - デヴィッド・パトリック・ケリー
- ガンツの元仲間。彼女がいるが裏切ったガンツに人質に取られる。
- ビリー・ベア(Billy Bear)
- 演 - ソニー・ランダム
- ガンツの仲間。アメリカ先住民の青年。大柄で身長180cm体重90kg以上。
- ヘイデン(Haden)
- 演 - フランク・マクレー
- マックスの上司。
- ベン・キーホー(Ben Kehoe)
- 演 - ブライオン・ジェームズ
- 刑事。ジャックの同僚。
- アルグレン(Algren)
- 演 - ジョナサン・バンクス
- 刑事。ジャックの同僚。ガンツに射殺される。
- ヴァンザント(Vanzant)
- 演 - ジェームズ・キーン
- 刑事。ジャックの同僚。ガンツに射殺される。
- ロザリー(Rosalie)
- 演 - ケリー・シャーマン
- ルーサーの彼女。
製作
企画
映画プロデューサーで、後に20世紀フォックスの社長となるローレンス・ゴードンは、1971年に州知事の娘が誘拐され、頭部に爆弾を設置されて48時間以内に身代金が支払わなけれれば爆破されるという事件を解決するというシナリオを構想した。この物語では腕は立つが粗暴な刑事が、州内で最悪の刑務所に赴き、かつて犯人と同房であったという凶悪犯を捜査のために連れ出すという内容であった。1975年に『ストリートファイター』の製作にあたってゴードンは、ウォルター・ヒルやロジャー・スポティスウッドと仕事を共にする。ヒルは監督志望のスポティスウッドに対し、その足掛かりとしての脚本の執筆を勧め、これにコロンビア ピクチャーズが資金提供して書き上げたのが本作の草稿である[2][3]。
その後、製作権はコロンビアからパラマウント・ピクチャーズに移り、パラマウントはクリント・イーストウッド主演映画とするように脚本の修正を求めた。この要望はイーストウッドを囚人側とするものであり、ヒルは要望を受けたものの、うまく行かないだろうと返答していた。加えてヒルは、むしろイーストウッドを刑事役とし、囚人にはリチャード・プライヤーを起用するように提案していたが、70年代末の状況では受け入れられなかったという[3]。 結局、イーストウッドは『アルカトラズからの脱出』で囚人を演じることになったために、本作は約2年に渡り棚晒しになった[2]。 しかし、ゴードンはこの企画を忘れておらず、ヒルに電話を掛けるとジャック役にニック・ノルティを提案し、同時に相棒役に優れた黒人俳優を充てることを打診した。これについてヒルはプライヤーが映画スターとなったことで、映画界において黒人俳優を主演とすることの認識が変化したと指摘している。
当初よりヒルは脚本などに縛れたものではなく、俳優の個性が発揮される柔軟な作品にしたいと考えていた。野放しになっている凶悪犯を倒さなければならない、という伝統的な都市型スリラーであることを踏まえ、ジャンル映画としての面白さは維持しつつ、しかしジャンルの枠組みを打破し、新しい血を入れることを目指した。それには白人刑事と黒人囚人を一緒に物語に放り込むという時点で十分であり、過度に白人対黒人の構造を描く必要もなく、ヒルは映画成功の鍵は俳優たちの個性だと考えていた[3]。 プライヤーの次に候補に挙がったのはグレゴリー・ハインズであったが、これは都合がつかなかった。その後、ヒルの当時の恋人であったヒルディ・ゴットリーブが、自身のクライアントで、コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』に出演していたエディ・マーフィを推薦し、採用された[4]。 当初、役名はウィリー・ビッグスであったが、マーフィーはあまりにもステレオタイプな黒人名だと指摘し、「レジー・ハモンド」に変更された。
マーフィーの配役後に、スティーヴン・E・デ・スーザが数週間だけ脚本に関わり、その後、撮影開始直前にラリー・グロスにとって変わられた。この経緯や内容について批評家のマイケル・スラゴウによれば、デ・スーザの起用はプロデューサー陣の働きかけであったが、ヒルが期待した俳優の個性を発揮させるような脚本ではなかったという。グロスはヒルが期待した活躍を行い、その後、多くの映画を共にすることになる。スラゴウは、ヒルはキャリアを通じて心理的な対話よりも行動を通じてキャラクターを定義することで知られていたが、この作品ではプロットではなくキャラクター重視になると理解し、そのために自身に異論を言える脚本家を求めていたと指摘している[5] 。撮影中、ヒルは「神話やプロトタイプ」という旗を振り、グロスは「社会的・心理的リアリズム」という旗を振っていたという冗談を言い合っていた。この関係は時に逆転し、ヒルが「社会的・心理的リアリズム」を、グロスが「神話やプロトタイプ」を擁護するようなこともあった[3]。
グロスによれば、3年間収監されていたレジーが女性とのセックスを強く求めるのは自身のアイデアだったという。これはジャックが自身の恋人と築いている関係とレジーのフラストレーションを鏡合わせにしている。また、「ニックと恋人、上司、そして犯人たちの関係のニュアンス」も改善したという。女性の扱いが小さいという指摘に対し、グロスは「平均的な同ジャンル作品と比較して本作の興味深いところは、物語の中で女性は比較的小さい役割しか果たしていないにもかかわらず、彼女たちが全員の想像力の中に存在し続けていることだ」と述べている。さらに男女が寄り添おうとして寄り添えないことを描いたスクリューボール・コメディの一種だと指摘している[6]。
撮影
撮影は1982年5月17日に開始され、同年8月18日に終了した[7]。本作はサンフランシスコとロサンゼルスでロケーション撮影が行われた。
エディ・マーフィは『サタデー・ナイト・ライブ』のシーズンを終える必要があったため、主要撮影の開始から数週間遅れて合流した[2][8]。撮影自体は順調に進んだが、ヒルはスタジオ上層部との間に問題を抱えることになった。当時パラマウントの責任者であったマイケル・アイズナーは、映画が十分に面白くないのではないかと懸念していた。これを受けて、ヒルとグロスは、ノルティとマーフィの個性に合わせた素材をさらに書き加えた。ヒルの回想によれば、彼らは撮影の最終日に至るまでマーフィのキャラクターの書き直しを続けていた。また、上層部はホテルでの銃撃戦の映像が暴力的すぎると判断し、それが映画のユーモアを台無しにすることを危惧した。その結果、彼らはヒルに対して「二度とパラマウントで働くことはないだろう」と告げた[2]。
俳優のクリス・マルケイによれば、パラマウント上層部はマーフィーの演技を嫌っており、しばしば降板させようと画策し、それをノルティとヒルが守っていたという。また、マルケイは当時のマーフィの印象について「提案に対してオープンで、脚本を忠実に守る勤勉な役者だった」と回顧している[9]。
公開
本作は1982年12月8日(水曜日)に全米で公開された。初週末は850館で上映され、4,369,868ドルの興行収入を上げ、週末順位は『おもちゃがくれた愛』や『フライングハイ2/危険がいっぱい月への旅』に次ぐ3位となった[10]。 最初の5日間の興行収入は5,273,192ドルであった[11]。 最終的に本作はアメリカとカナダの興行収入で合計78,868,508ドルを記録し[12]、前述の2作品の合計興行収入を上回って1982年の年間興行成績第7位となった[13]。
評価
本作は多くの批評家から絶賛され、1982年の最高の映画の1作とみなされている[14][15][16][17]。
「Rotten Tomatoes」では53件の批評家のレビューを基に92%の支持を獲得しており、平均評価は7.4/10となっている。同サイトの批評コンセンサスでは「エディ・マーフィにとって前途有望な長編映画デビュー作となった『48時間』は、2人の主演俳優の卓越した化学反応によって大きな成功を収めた、テンポの良いアクション・コメディである」としている[18]。 また、Metacriticでは、8人の批評家を基に100点満点中71点の加重平均スコアを獲得しており、「概ね好意的」としている[19]。
2007年にIGNは「最高のバディ・コップ映画」の第3位に選出している[20]。
賞歴
| 賞 | 年度 | 部門 | 対象 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| エドガー賞 | 1983年 | 最優秀映画脚本賞 | ウォルター・ヒル、ロジャー・スポティスウッド、ラリー・グロス、スティーヴン・E・デ・スーザ | ノミネート |
| コニャック・ミステリ映画祭 | 1983年 | Grand Prix | ウォルター・ヒル | 受賞 |
| ゴールデングローブ賞 | 1983年 | 新人男優賞 | エディ・マーフィ | ノミネート |
| ロサンゼルス映画批評家協会賞 | 1982年 | 音楽賞 | ジェームズ・ホーナー、The BusBoys (Gus Loundermon, Brian O'Neal, Kevin O'Neal) | 受賞 |
続編・リメイク
1990年に続編となる『48時間PART2/帰って来たふたり』が公開された。ウォルター・ヒルが再び監督を務め、ノルティ、マーフィー、ジェームズ、マクレーがそれぞれ役を続投した。興行的には成功を収めたが、批評家からは酷評された。
2017年にサフディ兄弟を監督とし、ジェロッド・カーマイケルとの共同脚本によるリメイク作が発表された[21]。 しかし、2019年にサフディ兄弟は脚本を変更し、別のオリジナル作品としたと発表し、企画は流れた[22]。
日本語版
| 役名 | 俳優 | 日本語吹替 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 日本テレビ版1 | 日本テレビ版2 | テレビ朝日版 | VOD版 | ||
| ジャック・ケイツ | ニック・ノルティ | 石田太郎 | 大塚明夫 | 玄田哲章 | 大塚明夫 |
| レジー・ハモンド | エディ・マーフィ | 下條アトム | 山寺宏一 | ||
| エレイン | アネット・オトゥール | 藤田淑子 | 幸田直子 | 高島雅羅 | 世戸さおり |
| アルバート・ガンツ | ジェームズ・レマー | 樋浦勉 | 千田光男 | 大塚芳忠 | 西凜太朗 |
| ルーサー | デヴィッド・パトリック・ケリー | 池田秀一 | 小室正幸 | 家中宏 | 下川涼 |
| ヘイデン | フランク・マクレー | 内海賢二 | 筈見純 | 池田勝 | 廣田行生 |
| ビリー・ベア | ソニー・ランダム | 玄田哲章 | 石塚運昇 | 銀河万丈 | 下山吉光 |
| ベン・キーホー | ブライオン・ジェームズ | 阪脩 | 嶋俊介 | 幹本雄之 | 山本格 |
| アルグレン | ジョナサン・バンクス | 筈見純 | 西村知道 | 有本欽隆 | |
| ロザリー | ケリー・シャーマン | 土井美加 | |||
| ヴァンザント | ジェームズ・キーン | 佐藤正治 | |||
- 日本テレビ版1:初回放送1985年4月24日『水曜ロードショー』※本編ノーカット
- 日本テレビ版2:初回放送1990年10月26日『金曜ロードショー』
- テレビ朝日版:初回放送1994年9月18日『日曜洋画劇場』
- VOD版:各種配信にて使用・BD収録。
- 配信やソフト収録に先駆けて2017年5月1日にWOWOWの『吹替で楽しむ!「48時間」一挙放送』という企画内で初公開された。
日本語版
- 日本語字幕:金田文夫[23]
地上波放送履歴
| 回数 | テレビ局 | 番組名 | 放送日 | 吹替版 |
|---|---|---|---|---|
| 初回 | 日本テレビ | 水曜ロードショー | 1985年4月24日 | 日本テレビ版1 |
| 2回目 | 金曜ロードショー | 1986年9月19日 | ||
| 3回目 | フジテレビ | ゴールデン洋画劇場 | 1989年9月30日 | |
| 4回目 | 日本テレビ | 金曜ロードショー | 1990年10月26日 | 日本テレビ版2 |
| 5回目 | 1992年11月6日 | |||
| 6回目 | テレビ朝日 | 日曜洋画劇場 | 1994年9月18日 | テレビ朝日版 |
| 7回目 | 1995年12月24日 | |||
| 8回目 | フジテレビ | ゴールデン洋画劇場 | 1997年8月23日 | 日本テレビ版1 |
| 9回目 | 2000年4月22日 | |||
| 10回目 | ゴールデンシアター | 2003年2月1日 | ||
| 11回目 | テレビ東京 | 木曜洋画劇場 | 2005年6月2日 | |
| 12回目 | 午後のロードショー | 2015年9月10日[24] | ||
| 13回目 | 2020年3月4日[注 1][25] | |||
| 14回目 | 2022年6月2日[注 1][26] | |||
| 15回目 | 2024年7月2日 | |||