パルマ・カルチョ1913

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パルマ・カルチョ1913イタリア語: Parma Calcio 1913)は、イタリアエミリア=ロマーニャ州パルマをホームタウンとするサッカークラブである。

原語表記 Parma Calcio 1913 s.r.l.
愛称 Crociati十字軍騎士)
Ducali公爵
Gialloblù(黄と青)
Parmensi(パルマ人)
クラブカラー 白と黒 / 黄と青
創設年 1913年
概要 原語表記, 愛称 ...
パルマ・カルチョ1913
原語表記 Parma Calcio 1913 s.r.l.
愛称 Crociati十字軍騎士)
Ducali公爵
Gialloblù(黄と青)
Parmensi(パルマ人)
クラブカラー 白と黒 / 黄と青
創設年 1913年
所属リーグ セリエA
所属ディビジョン 1部(2025-26
昨季リーグ順位 16位(2024-25
ホームタウン パルマ
ホームスタジアム スタディオ・エンニオ・タルディーニ
収容人数 22,352
代表者 アメリカ合衆国の旗 カイル・クラウス
監督 スペインの旗 カルロス・クエスタ英語版
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
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ニックネームはクロチャーティ十字軍戦士)とジャッロブルー(黄色と青)。

歴史

1913年7月27日、パルマ公国出身の音楽家ジュゼッペ・ヴェルディの名を取り、ヴェルディ・フットボール・クラブ (Verdi Football Club) として創設。

パルマAC

パルマACのロゴ(1968年)

1968年にパルマAC (Parma Associazione Calcio s.p.a.) に改称。1985年にアリゴ・サッキを監督に招聘し、セリエBへと昇格[1]。サッキは1987年に退団したが、チームは以降もセリエBに留まり続けた。1989年にネヴィオ・スカラが監督に就任、1990年にパルマの食品会社パルマラット代表のカリスト・タンツィ英語版がオーナーに就任。1990-91シーズンからチームは初めてセリエAへ昇格[2]、セリエAの舞台で戦うための戦力として、ジョルジュ・グルントマス・ブロリン、セリエA史上初の外国人GKとなったクラウディオ・タファレルと3人の外国人選手を獲得した[3]

1991-92シーズン、アルベルト・ディ・キアーラを補強、ディ・キアーラは1992年にイタリア代表に選出され、チームが排出した初の代表選手となった[4]。このシーズンのコッパ・イタリア決勝でユヴェントスを破り、クラブ初のメジャータイトルを獲得した[2]。1992-93シーズン、新たな外国人選手、ファウスティーノ・アスプリージャセルヒオ・ベルティを補強、当時無敗記録を続けていたACミランの無敗記録を止めると、このシーズン、決勝でロイヤル・アントワープを破って初の欧州タイトルとなるUEFAカップウィナーズ・カップを制した[2]。1993-94シーズン、ACミランを破ってUEFAスーパーカップを制した。カップウィナーズカップでは決勝でアーセナルに0-1で敗れた。

1994-95シーズン、フェルナンド・コウトディノ・バッジョロベルト・ムッシらを補強し、リーグ戦では終盤までユヴェントスと優勝を争ったが失速し3位。一方でヨーロッパの舞台では、D・バッジョの活躍でユヴェントスを破ってUEFAカップを制した[5]

1995-96シーズン、フリスト・ストイチコフフィリッポ・インザーギファビオ・カンナヴァーロらを獲得したが、成績は思わしくなく、このシーズンでスカラが退任した。 1996-97シーズン、エンリコ・キエーザエルナン・クレスポ リリアン・テュラムらを獲得、途中ジャンフランコ・ゾラがシーズン途中に退団したが[6]、リーグ戦では最後までユヴェントスと優勝を争うが、勝ち点2差で2位に終わった。

1998-99シーズン、マレサーニが率いたチームは、フアン・セバスティアン・ベロンリリアン・テュラムディエゴ・フゼールらの大型補強を行い、コッパ・イタリア、UEFAカップの2冠を獲得した。2001-02シーズン、中田英寿セバスティアン・フレイらが加入。コッパ・イタリア決勝でユヴェントスと対戦、2戦合計2-2ながらアウェイゴール差で優勝を果たした[7]

パルマFC

2003年にパルマラットが破産、クラブは破産管財人の管理下に置かれ、財政難から主力選手たちが続々とチームを去った[7]。2004年にパルマFC (Parma Football Club SpA) に改称。2005年に前レアル・マドリード会長のロレンソ・サンスが買収を試みるも、資金不足が露呈し買収は不成立。また、スイスの起業家であるガエターノ・バレンツァや、ACカルペネドロ英語版の元オーナーで鉄鋼業を営むトンマゾ・ギラルディ英語版などの名前が挙がり、競売の末に2007年1月24日にギラルディが買収した。

2007-08シーズンにセリエBに降格したが、2008-09シーズンは、フランチェスコ・グイドリン監督の下で、1年でセリエAへ復帰した。

2013-14シーズンに創立100周年を迎え、エンブレムに「100」を加えた。リーグ戦は6位となりUEFAヨーロッパリーグへの出場権を獲得したが、所得税の納付遅延を理由にイタリアサッカー連盟はUEFAライセンスを認可せず、リーグ戦7位のトリノFCが繰り上がりで出場した[8]。この決定を不服としたギラルディは、会長職の辞任とクラブの売却を表明した[9]

2014年12月にロシアキプロス複合企業に買収された[10] が、財政難は解消されず、給料未払いを理由にアントニオ・カッサーノフェリペら合計8人の選手が2014-15シーズンの冬に移籍した[11]

2015年2月、ジャンピエトロ・マネンティがクラブを買収して会長に就任[11] したが、2月22日のウディネーゼ・カルチョ戦の試合開催費用が払えず(試合は延期)、資金の逼迫が表面化[12]。3月19日に破産を申請した。負債総額は2億1,844万6,754.61ユーロ(約281億円)[13]。なお、破産後も公式戦は開催された[14]

経営面でのサポートを請け負ったデメトリオ・アルベルティーニは、2015-16シーズンにセリエBからスタートできるように手を尽くすとした[15] が、6月22日午後2時の締め切り時刻までに負債の弁済に目処が付かなかったため破産が確定し、「パルマFC」は消滅した[16]

「パルマFC」の消滅に伴い所属選手は、全員リーグの規定により自由契約(移籍金発生なし)となった。同様の事例としてACFフィオレンティーナ2002年)、SSCナポリ2004年)がある[17]

SSDパルマ・カルチョ1913

2015年7月、ネヴィオ・スカラが代表者となってSSDパルマ・カルチョ1913 (Società Sportiva Dilettantistica Parma Calcio 1913) が創設され、セリエD(4部)へ所属することとなった[18]

2015-2016シーズンは、28勝10分0敗の成績で優勝し、レガ・プロ(3部)へ自動昇格した[19]。2016-2017シーズンはレガ・プロのジローネBで2位となり、昇格プレーオフに進出。プレーオフ決勝ではUSアレッサンドリア・カルチョ1912に勝利して、セリエBへの昇格を決めた[20]

2017年6月、中国のデスポルツ(Desports)グループがクラブの株式の6割を取得した[21]。これによりリーガ・エスパニョーラグラナダCFも保有するデスポルツグループがオーナーとなり、クラブの会長には代表の蒋立章英語版(Jiang Lizhang)が就任した。2017年7月にはクラブOBで歴代最多得点者である元アルゼンチン代表エルナン・クレスポが副会長に就任することが発表された。

2017-18シーズンのリーグ最終節で、スペツィア・カルチョを2-0で下したことで2位となり、3シーズンぶりにセリエAへ復帰することが決定した[22] が、その試合前にFWエマヌエーレ・カライオイタリア語版がスペツィアの2選手に「激しいコンタクトプレーは避けてくれ」とテキストメッセージを送ったことが八百長行為であるとイタリアサッカー連盟イタリア連邦裁判所に提訴、7月23日、同裁判所により八百長が認定され、カライオ本人には2年間の出場停止と罰金2万ユーロ、クラブには2018-19シーズン開幕時に勝点5を減点する厳罰が科された。クラブはこの判決を不服とし、即座に再審請求を行った[23]。その後、イタリアサッカー連盟は勝点5を減点する処分を撤回し、カライオに対する2年間の出場停止も4か月に期間が短縮された。勝ち点減点が取り消される代わりに、クラブに対しては2万ユーロの罰金、そしてカライオには3万ユーロの罰金処分が発表された[24]

タイトル

スタディオ・エンニオ・タルディーニ

国内タイトル

国際タイトル

過去の成績

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シーズン ディビジョン コッパ・イタリア
リーグ順位
1945-46 セリエB2212463620283位
1946-47 4014101641453814位
1947-48 34121483328387位
1948-49 4212131742593719位
1949-50 セリエC・ジローネB40219106428522位
1950-51 38217105732493位
1951-52 34211037524522位
1952-53 34148124731366位
1953-54 3417984523431位
1954-55 セリエB3481793740339位
1955-56 341081636462815位
1956-57 349131233383112位
1957-58 345141525492418位
1958-59 3810121641643218位2回戦敗退
1959-60 389161338503414位ベスト32
1960-61 3812111536363513位ベスト32
1961-62 389171225333512位1回戦敗退
1962-63 3812111532443513位1回戦敗退
1963-64 388161431433215位ベスト16
1964-65 38792223542320位ベスト16
1965-66 セリエC・ジローネA343191215282517位
1966-67 セリエD・ジローネC34141193929396位
1967-68 セリエD・ジローネB341014102823346位
1968-69 348131321312914位
1969-70 3423654015521位
1970-71 セリエC・ジローネA381413115039415位
1971-72 セリエC・ジローネB38171654826402位
1972-73 セリエC・ジローネA38191454015521位
1973-74 セリエB38101993932395位GS敗退
1974-75 389151430373020位GS敗退
1975-76 セリエC・ジローネA38161484225462位
1976-77 セリエC・ジローネB38161484633462位
1977-78 38161485037464位
1978-79 セリエC1・ジローネA34161264316482位
1979-80 セリエB387131827492719位GS敗退
1980-81 セリエC1・ジローネA348141225323013位
1981-82 34913123032319位
1982-83 341014102826346位
1983-84 34181244720481位GS敗退
1984-85 セリエB386141825472618位準々決勝敗退
1985-86 セリエC1・ジローネA34161533914471位GS敗退
1986-87 セリエB38111893026407位準々決勝敗退
1987-88 38920933333811位ベスト16
1988-89 3882192931379位GS敗退
1989-90 38161484930464位1回戦敗退
1990-91 セリエA34131293531386位2回戦敗退
1991-92 34111673228386位優勝
1992-93 3416994734413位準々決勝敗退
1993-94 34177105035415位準決勝敗退
1994-95 3418975131633位準優勝
1995-96 34161084431585位2回戦敗退
1996-97 3418974126632位2回戦敗退
1997-98 34151275539575位準決勝敗退
1998-99 34151095536554位優勝
1999-2000 34161085237585位ベスト16
2000-01 34168105131564位準優勝
2001-02 341281443474410位優勝
2002-03 34151185536565位2回戦敗退
2003-04 34161085746585位準々決勝敗退
2004-05 3810121648654217位ベスト16
2005-06 38129174660457位ベスト16
2006-07 3810121641564212位準々決勝敗退
2007-08 387131842623419位ベスト32
2008-09 セリエB42191946534762位ベスト32
2009-10 セリエA381410144651528位ベスト32
2010-11 3811131439474612位準々決勝敗退
2011-12 381511125453568位ベスト32
2012-13 3813101545464910位ベスト16
2013-14 381513105846586位ベスト16
2014-15 38682433751920位準々決勝敗退
2015-16 セリエD・ジローネD38281008217941位
2016-17 レガ・プロ・ジローネB38201085536702位
2017-18 セリエB42219125737852位2回戦敗退
2018-19 セリエA3810111741614114位3回戦敗退
2019-20 381471756574911位ベスト16
2020-21 383112439832020位ベスト16
2021-22 セリエB3811161148434912位2回戦敗退
2022-23 381710114839604位ベスト16
2023-24 38211346635761位ベスト16
2024-25 セリエA387151644583616位1回戦敗退
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欧州の成績

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シーズン 大会 ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 合計
1991-92 UEFAカップ 1回戦 ブルガリアの旗 CSKAソフィア 1–1 0–0 1–1 (a)
1992-93 UEFAカップウィナーズカップ 1回戦 ハンガリーの旗 ウーイペシュト 1–0 1–1 2–1
2回戦 ポルトガルの旗 ボアヴィスタ 0–0 2–0 2–0
準々決勝 チェコスロバキアの旗 スパルタ・プラハ 2–0 0–0 2–0
準決勝 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 0–1 2–1 2–2 (a)
決勝 ベルギーの旗 ロイヤル・アントワープ 3–1
1993 UEFAスーパーカップ イタリアの旗 ミラン 0–1 2–0
(a.e.t.)
2–1
1993-94 UEFAカップウィナーズカップ 1回戦 スウェーデンの旗 デーゲルフォシュ 2–0 2–1 4–1
2回戦 イスラエルの旗 マッカビ・ハイファ 0–1 1–0 1–1
(3–1 p)
準々決勝 オランダの旗 アヤックス 2–0 0–0 2–0
準決勝 ポルトガルの旗 ベンフィカ 1–0 1–2 2–2 (a)
決勝 イングランドの旗 アーセナル 0–1
1994-95 UEFAカップ 1回戦 オランダの旗 フィテッセ 2–0 0–1 2–1
2回戦 スウェーデンの旗 AIK 2–0 1–0 3–0
3回戦 スペインの旗 アスレティック・ビルバオ 4–2 0–1 4–3
準々決勝 デンマークの旗 OB 1–0 0–0 1–0
準決勝 ドイツの旗 バイエル・レバークーゼン 3–0 2–1 5–1
決勝 イタリアの旗 ユヴェントス 1–0 1–1 2–1
1995-96 UEFAチャンピオンズリーグ 1回戦 アルバニアの旗 テウタ・ドゥラス 2–0 2–0 4–0
2回戦 スウェーデンの旗 ハルムスタッズ 4–0 0–3 4–3
準々決勝 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 1–0 1–3 2–3
1996-97 UEFAカップ 1回戦 ポルトガルの旗 ヴィトーリア 2–1 0–2 2–3
1997-98 UEFAチャンピオンズリーグ 1回戦 ポーランドの旗 ヴィジェフ・ウッチ 4–0 3–1 7–1
グループA チェコの旗 スパルタ・プラハ 2–2 0–0 2位
トルコの旗 ガラタサライ 2–0 1–1
ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント 1–0 0–2
1998-99 UEFAカップ 1回戦 トルコの旗 フェネルバフチェ 3–1 0–1 3–2
2回戦 ポーランドの旗 ヴィスワ・クラクフ 2–1 1–1 3–2
3回戦 スコットランドの旗 レンジャーズ 3–1 1–1 4–2
準々決勝 フランスの旗 ボルドー 6–0 1–2 7–2
準決勝 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 2–1 3–1 5–2
決勝 フランスの旗 マルセイユ 3–0
1999-00 UEFAチャンピオンズリーグ 予選3回戦 スコットランドの旗 レンジャーズ 1–0 0–2 1–2
UEFAカップ 1回戦 ウクライナの旗 クルィヴバス・クルィヴィーイ・リーフ 3–2 3–0 6–2
2回戦 スウェーデンの旗 ヘルシンボリ 1–0 3–1 4–1
3回戦 オーストリアの旗 シュトゥルム・グラーツ 2–1 3–3
(a.e.t.)
5–4
4回戦 ドイツの旗 ヴェルダー・ブレーメン 1–0 1–3 2–3
2000-01 UEFAカップ 1回戦 北マケドニア共和国の旗 ポベダ・プリレプ 2–0 4–0 6–0
2回戦 クロアチアの旗 ディナモ・ザグレブ 2–0 0–1 2–1
3回戦 ドイツの旗 1860ミュンヘン 2–2 2–0 4–2
4回戦 オランダの旗 PSV 3–2 1–2 4–4 (a)
2001-02 UEFAチャンピオンズリーグ 予選3回戦 フランスの旗 リール 0–2 1–0 1–2
UEFAカップ 1回戦 フィンランドの旗 HJK 1–0 2–0 3–0
2回戦 オランダの旗 ユトレヒト 0–0 3–1 3–1
3回戦 デンマークの旗 ブレンビー 1–1 3–0 4–1
4回戦 イスラエルの旗 ハポエル・テルアビブ 1–2 0–0 1–2
2002-03 UEFAカップ 1回戦 ロシアの旗 CSKAモスクワ 3–2 1–1 4–3
2回戦 ポーランドの旗 ヴィスワ・クラクフ 2–1 1–4
(a.e.t.)
3–5
2003-04 UEFAカップ 1回戦 ウクライナの旗 メタルルフ・ドネツィク 3–0 1–1 4–1
2回戦 オーストリアの旗 アウストリア・ザルツブルク 5–0 4–0 9–0
3回戦 トルコの旗 ゲンチレルビルリイ 0–1 0–3 0–4
2004-05 UEFAカップ 1回戦 スロベニアの旗 マリボル 3–2 0–0 3–2
グループB スペインの旗 アスレティック・ビルバオ N/A 0-2 3位
ルーマニアの旗 ステアウア・ブカレスト 1-0 N/A
ベルギーの旗 スタンダール・リエージュ N/A 1-2
トルコの旗 ベシクタシュ 3-2 N/A
ラウンド32 ドイツの旗 シュトゥットガルト 0–0 2–0 2–0
ラウンド16 スペインの旗 セビージャ 1–0 0–0 1–0
準々決勝 オーストリアの旗 アウストリア・ウィーン 0–0 1–1 1–1 (a)
準決勝 ロシアの旗 CSKAモスクワ 0–0 0–3 0–3
2006-07 UEFAカップ 1回戦 ロシアの旗 ルビン・カザン 1–0 1–0 2–0
グループD デンマークの旗 OB N/A 2-1 1位
オランダの旗 ヘーレンフェーン 2-1 N/A
フランスの旗 ランス N/A 2-1
スペインの旗 オサスナ 0-3 N/A
ラウンド32 ポルトガルの旗 ブラガ 0–1 0–1 0–2
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現所属メンバー

2026年2月2日現在[26]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

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※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

※6番はアレッサンドロ・ルカレッリ 永久欠番。

ローン移籍

in

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

out

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

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No. Pos. 選手名
-- DF スウェーデン ピーター・アモラン英語版 (チェゼーナ)
-- DF ハンガリー バログ・ボトンド (コジャエリスポル)
-- DF イタリア ニコラス・トラブッキ (ドロミーティ・ベッルネージ)
-- MF イタリア ラシッド・コウダ英語版 (マントヴァ)
-- MF スロベニア ティアシュ・ベギッチ英語版 (サンプドリア)
No. Pos. 選手名
-- FW フランス アントワーヌ・ジュジュ英語版 (ファマリカン)
-- FW ポーランド マテウシュ・コヴァルスキ英語版 (ミエジュ・レグニツァ)
-- FW イタリア アントニー・パルティピーロ英語版 (バーリ)
-- FW ラトビア ダリオ・シッツ英語版 (アトレティコ・マドリードB)
-- FW ポーランド アドリアン・ベネディチャク英語版 (カスムパシャ)
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歴代監督

ACパルマ、パルマFC
SSDパルマ・カルチョ1913

歴代所属選手

GK

DF

MF

FW

脚注

出典

外部リンク

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