アレクサンダー・マクファーレン
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
靴屋のダニエル・マクファーレン(Daniel MacFarlane)とアン・スモール(Ann Small)の息子に生まれた。エディンバラ大学で学位を獲得した。学位論文は "The disruptive discharge of electricity" で[1]、ピーター・テイトの研究室で行った実験結果を報告した。
1878年、エディンバラ王立協会にて、ジョージ・ブールによって導入された代数論理学について講演し、エディンバラ王立協会フェローに選出された。推薦者はピーター・テイト、フィリップ・ケランド、アレクサンダー・クラム・ブラウン、ジョン・ハットン・バルフォア[2]。翌年、代数的操作によるブール変数の表現を解釈した論文 Principles of the Algebra of Logic を発表した[3]。
マクファーレンはその畢生を、研究と教育における卓越した役割に費やした。エディンバラ大学とセント・アンドリューズ大学で教職を務め、テキサス大学では1885年から1894年まで物理学教授に就いていた[4]。リーハイ大学では、高等電気学、後に数理物理学教授を務めた。1896年、マクファーレンは代数学の促進のため、学生に四元数分野を学ぶことを奨めた[5]。四元数協会の幹事、その後1909年に代表を務めた。1904年に協会から出版された Bibliography of Quaternions の編集者でもあった。
マクファーレンは1916個の数学者の伝記をまとめた著作 (Ten British Mathematicians) でも名を上げている。 当時の幾何学の革命に巻き込まれ[6]、特にテキサス大学数学教授ジョージ・ブルース・ハルステッドの影響を受けた。四元数の物理学への応用を記した Algebra of Physics を執筆した。Space Analysis における最初の出版物では、ミンコフスキーより17年前にミンコフスキー空間を予見した[7]。
1893年のシカゴ大会など、マクファーレンは国際数学者会議 (ICM) に参加した。1900年のパリ大会では "Application of space analysis to curvilinear coordinates" を講演した。
空間解析
マクファーレンは自身の論文を "Space Analysis" と称した。1894年に5つの論文と[9]、アレクサンダー・マッコレーの Utility of Quaternions in Physics の書評を発表した。頁数は1つ前の論文と繋がっていて、読者が四元数に精通していることを前提としている。最初の論文 "Principles of the Algebra of Physics" では双曲四元数の代数学を提案し、物理学を学ぶ学生がベクトルの自乗が負となる四元数の原理の難解性に気づくことを目的としている。 第2の論文は "The Imaginary of the Algebra" であり、1882/83年のホーマーシャム・コックスと同様[10][11]、ハミルトンのベルソルと対応するものとして、双曲四元数に関して双曲ベルソルを用いた。その形式は、次のように表される。
後にマクファーレンはオイラーとリーの用いた exp(A α) という記法に準じた。απ/2はαが純虚単位四元数(right versor)であることを強調しており、π/2はラジアンにおける直角の角度である。ただしこのπ/2は不要としてもよい。
3つ目の論文は "Fundamental Theorems of Analysis Generalized for Space" である。1893年にマクファーレンはICMの講演 "On the definition of the trigonometric functions" にて、 ラジアンの定義には、円弧よりも面積を用いた方が良いと提案した[注 1][12]。論文は数学者会議の紀要の167頁に載せられるはずだったが撤回されて、1894年に Papers on Space Analysis の中で私的に発表された。彼は解析的に定義された双極角を基に考えることで、この面積比のアイデアに帰着した。
5つ目の論文は "Elliptic and Hyperbolic Analysis" で、球面幾何学における余弦定理を球面上の基本定理と見なして回転楕円体、一般の楕円体、一葉または二葉の直角双曲面上における双曲余弦定理を導出した。
1900年、エディンバラ王立協会の紀要から論文 "Hyperbolic Quaternions"[13] を9つの図とともに発表した。図のうち2つは共役双曲線である。物理代数学の非結合性について Great Vector Debate で批判を受けることとなり、ハミルトンが1853年から使用していた双四元数へ戻すことによって結合性を回復させた。
作品
- 1879: Principles of the Algebra of Logic Internet Archiveへのリンク
- 1885: Physical Arithmetic
- 1887: The Logical Form of Geometrical Theorems, Annals of Mathematics 3: 154,5.
- 1894: Papers on Space Analysis.
- 1898: Book Review: “La Mathematique; philosophie et enseignement” by C.A. Laissant, Science 8: 51–3.
- 1899 The Pythagorean Theorem, Science 34: 181,2.
- 1899: The Fundamental Principles of Algebra, Science 10: 345–364.
- 1906: Vector Analysis and Quaternions.
- 1910: Unification and Development of the Principles of the Algebra of Space, Bulletin of the Quaternion Society.
- 1911: Book Review: Life and Scientific Work of P.G. Tait by C.G. Knott, Science 34: 565,6.
- 1912: A System of Notation for Vector-Analysis; with a Discussion of the Underlying Principles , Bulletin of the Quaternion Society.
- 1913: On Vector-Analysis as Generalized Algebra, 第五回ICMの講演
- Macfarlane, Alexander (1916). Lectures on Ten British Mathematicians of the Nineteenth Century. Mathematical monographs, no. 17. New York: John Wiley and Sons[14]
- Macfarlane, Alexander (1919). Lectures on Ten British Physicists of the Nineteenth Century. New York: John Wiley and Sons[15]
- Publications of Alexander Macfarlane Bulletin of the Quaternion Society, 1913