シカゴ・ブルズ

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シカゴ・ブルズ (Chicago Bulls) は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ市に本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、セントラル・ディビジョン所属。

呼称/略称  CHI 
チームロゴ 赤い雄牛の頭部。
概要 シカゴ・ブルズ Chicago Bulls, 呼称/略称 ...
シカゴ・ブルズ
Chicago Bulls
2025-2026シーズンのシカゴ・ブルズ
呼称/略称  CHI 
チームロゴ 赤い雄牛の頭部。
所属リーグ  NBA アメリカ合衆国の旗カナダの旗
カンファレンス  イースタン・カンファレンス 
ディビジョン  セントラル 
創設 1966年
チーム史 シカゴ・ブルズ
(1966年-)
本拠
シカゴ・ブルズの位置(アメリカ合衆国内)
シカゴ・ブルズ

イリノイ州の旗イリノイ州シカゴ
アリーナ ユナイテッド・センター
収容人数 20,917人 開設1994年
チームカラー 赤、黒、白[1][2]
   
主なスポンサー Zenni Optical[3]
オーナー ジェリー・ラインズドルフ
社長 マイケル・ラインズドルフ
GM マーク・エバーズリー英語版
ヘッドコーチ ビリー・ドノバン
優勝歴 6回
(1991年, 1992年, 1993年, 1996年, 1997年, 1998年)
ファイナル進出 6回(1991年, 1992年, 1993年, 1996年, 1997年, 1998年)
ディビジョン優勝 9回(1975年, 1991年, 1992年, 1993年, 1996年, 1997年, 1998年, 2011年, 2012年)
永久欠番  1   4   10   23   33 
NBAGL提携チーム ウィンディシティ・ブルズ
公式サイト www.nba.com/bulls
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傘下のNBA Gリーグチームは、WCB

概要

「史上最高のバスケットボール選手」と評されるマイケル・ジョーダンを擁して、1991年1992年1993年および1996年1997年1998年と2度の3連覇(スリーピート)を達成した。

ただし、優勝、NBAファイナル進出ともこの6回にとどまっている。

歴史

初期

1946年設立のシカゴ・スタッグズ1950年に解散、1961年設立のシカゴ・パッカーズは、NFLシカゴ・ベアーズの宿敵であるグリーンベイ・パッカーズと同じチーム愛称が不興を買い、1962年にシカゴ・ゼファーズと改称するも1963年にはボルチモアへ移転してしまうなど、米国第2の都市(当時)であるにもかかわらず、シカゴにはNBAのチームがなかなか根付かずにいた。

パッカー(ミートパッカー)は食肉加工業者といった意味だが、当時のシカゴにはユニオン・ストックヤードという広大な食肉加工場があり、インターナショナル・アンフィシアターというアリーナが隣接していた。シカゴ・パッカーズと同様にインターナショナル・アンフィシアターを当初のホームアリーナとし、1966年に設立された3番目のチームは、シカゴ・ブルズと命名された。なお、シカゴは北米屈指の金融センターでもあるが、金融用語でブル(Bull)には「強気」や「上昇」、ベア(Bear)には「弱気」や「下落」という意味がある。

初期のブルズは新興チームながらもプレイオフに進出する活躍を見せたが、勝率5割に届かない時期が続いた。最初の2シーズンの監督はレッド・カーだった。

1970年代のブルズはボブ・ラブジェリー・スローンを擁するディビジョン屈指のチームだった。70年代末期からブルズは低迷の時期に入り、引退したジェリー・スローンを初め監督が何度か入れ替わり、レジー・セウスなどスター選手も活躍したが数年間プレイオフから遠ざかった。

ジョーダンの時代

マイケル・ジョーダン

1984年にシカゴ・ブルズはドラフトで全体で3番目にマイケル・ジョーダンを選び、チームの運命を大きく変えることになる。それ以前はディフェンスを中心とした有力なチームではあったものの優勝には近づくことはなかった。平均30点以上を毎シーズン記録したジョーダンを擁していたが、チームとしての力に欠けており、1980年代に優勝をつかむことはなかった。しかし、1987年にはホーレス・グラントスコッティ・ピッペンを揃え、1990年代のチームを支える選手が着々と揃っていった。トライアングル・オフェンスを採用することになるフィル・ジャクソン1989年にコーチに迎えている。また、このシーズンよりプレイオフにおいて黒いシューズを着用するという伝統が始まる。これにあやかって、「黒いシューズ」は他チームも真似をするようになった。

1990年-1991年のシーズン、ブルズはマジック・ジョンソン率いるロサンゼルス・レイカーズを4勝1敗で下し、初のリーグ制覇を成し遂げる。翌シーズンは、クライド・ドレクスラー率いるポートランド・トレイルブレイザーズを4勝2敗で下し、1992-1993シーズンチャールズ・バークレー率いるフェニックス・サンズを4勝2敗で下し、スリーピート(3連覇)を果たした[4]。3シーズン連続でリーグ制覇を成し遂げたのは、1960年代のボストン・セルティックス以来であった。

しかし、父親をオフシーズン中に殺害されたジョーダンは引退し、スコッティ・ピッペンやクロアチア出身のルーキー、トニー・クーコッチに率いられたチームは、シーズン55勝の記録を残したものの、3勝4敗でニューヨーク・ニックスに敗れ、記録は途切れることになる。

フィル・ジャクソンとマイケル・ジョーダン

1995年3月17日、マイケル・ジョーダンは引退してメジャーリーガーを目指していたが、チームに復帰する。しかしオーランド・マジックに敗れ、1994年-1995年のシーズンは優勝を逃す。その後、拡張ドラフトにより、B.J.アームストロングを失うもののトレードを通じて、デニス・ロッドマンがチームに加わり、ブルズは再びリーグ制覇に向かう。

1995-1996シーズン、72勝10敗でレギュラーシーズンを終えると、シアトル・スーパーソニックスを破り、4度目のリーグ制覇を成し遂げる。

1996-1997シーズン1997-1998シーズンジョン・ストックトンカール・マローン率いるユタ・ジャズと対戦するが、いずれも制し再び3年連続でリーグを制覇する。このシリーズでは、試合終了間際にジョーダンからフリーのスティーブ・カーにパスがわたり決勝シュートが決まり優勝を決定づけたプレイがあるが、前回の3連覇の際のジョン・パクソンの3ポイントを多くの者に思い出させた。

ジョーダン退団後低迷期

GMのジェリー・クラウスと現場との確執が根深かったチームは1998年に完全に解体されることになる。スコッティ・ピッペンがトレード、フィル・ジャクソンが契約切れで共にチームを去り、マイケル・ジョーダンもコーチと一緒に引退した。デニス・ロッドマンスティーブ・カーは放出された。トニー・クーコッチロン・ハーパーがチームを率いたもののロックアウトによって短くなったシーズンを13勝37敗で終える。

1999年、ドラフト1位指名権を獲得し、エルトン・ブランドロン・アーテストを指名、引き続きトライアングル・オフェンスを採用して戦うが、成績は低迷を続け、1999-2000年シーズン途中にクーコッチ、2001年にブランド、2002年にアーテストは放出され、タイソン・チャンドラーエディ・カリーの二人の高卒選手を軸に再建を図ることになった。

ジョン・パクソンGM時代

2003年の夏に、長年GMを務めてきたジェリー・クラウスが体調不良と長引くチームの不振の責任を取るため退くと、ジョン・パクソンが代わってGMに就任した。同年のドラフトでカーク・ハインリックを指名、2003-04シーズン途中に、スコット・スカイルズを監督に就任させ、体制を整える。

2004-2005シーズンは、開幕直後こそチーム最長タイとなる9連敗を喫したが、チームリーダーに成長したハインリック、ベン・ゴードンルオル・デンアンドレ・ノシオーニクリス・デューホン、新人4人の目覚しい活躍もあり、後期3連覇最後の年以来初めて勝ち越し、プレーオフに進出した。プレーオフは、1回戦でワシントン・ウィザーズに敗れた。2005-2006シーズンは、インサイドの得点源であったカリーを放出した影響で、成績は前年を下回ったが2年連続でプレイオフに出場、チャンピオンのマイアミ・ヒート相手に善戦した。(次の年ではヒートに4-0で勝っている)。2006年6月に、デトロイト・ピストンズからFAとなったベン・ウォーレスと契約。また、チャンドラーと交換でP・J・ブラウンを獲得し、2006-2007シーズンは勝率を6割まで伸ばしたが、プレイオフで、積年のライバルであるピストンズに敗れた。

2007-2008シーズン、さらなる躍進が期待されたが、序盤チームは大きく出遅れ地区最下位に転落。スカイルズ監督は解任され、ジム・ボイランが暫定監督を務めた。

ローズの時代

デリック・ローズ

2008年のNBAドラフトで1位指名権を得たブルズは、地元シカゴ出身でメンフィス大学デリック・ローズを指名。2008-2009シーズンは、ローズが新人王に選出されチームは勝率五割を記録。プレーオフ一回戦では第二シードのボストン・セルティックスを追い込み3勝4敗で敗退したものの善戦は評価された。

2009-2010シーズン、オフシーズンに主力のゴードンが去ったが、ジョアキム・ノア、ローズが成績を上げ2年連続勝率五割となった。

2009-2010シーズン終了後、オフにカルロス・ブーザー獲得し戦力をアップさせた。

2010-2011シーズンはローズが史上7人目の25得点、4リバウンド、7アシスト以上を記録し、1997-1998シーズン以来となる62勝20敗でカンファレンス1位でプレーオフに進出したが、カンファレンスファイナルでマイアミ・ヒートに敗れファイナル進出はできなかった。

2011-12シーズンは、強固なディフェンスと組織力でチームは好調を維持。 短縮シーズンとなったこのシーズンもサンアントニオ・スパーズと同じ50勝16敗の成績で、前年に引き続きリーグ最高勝率を挙げた。 プレーオフ初戦でローズが右膝前十字靭帯断裂で離脱し、1stラウンドで敗退した。

United Center coloring

2012-13シーズンは、ローズがシーズンを全休する中で、ディフェンスと組織力で乗り切り第5シードでプレーオフに進出し1stラウンドはブルックリン・ネッツを第7戦で下したが、続くヒートには1勝したのみで敗退した。

2013-14シーズンは、満を持してローズは復帰を果たしたが10試合に出場したのみで11月22日のポートランド・トレイルブレイザーズ戦で負傷し、翌日のMRI検査で右膝半月板損傷が確認され[5]、11月25日に手術が行われ残りシーズン全休が発表された[6]。 またしてもローズのいないシーズンが続き、ジョアキム・ノアが、最優秀守備選手に選ばれるなど、チーム力で乗り切り、48勝と昨シーズンより成績を伸ばしプレーオフに進出したが、1stラウンドで、強力ポイントガード、ジョン・ウォールがコントロールするワシントン・ウィザーズに敗れた。

バトラーの時代

2014-15シーズンは、オフにロサンゼルス・レイカーズからFAになっていたパウ・ガソルと契約した。代わりにカルロス・ブーザーとの契約を解消したが、インサイドに高さと経験を加えた。デリック・ローズは故障癖に悩まされているが、ジミー・バトラーが飛躍的な成長を見せ、MIP候補にも挙がる活躍ぶりでチームを牽引。トニー・スネルや新加入のニコラ・ミロティッチなども力を付け、危なげのない戦いぶりで、5年連続でプレーオフ出場を決めた。1stラウンドはミルウォーキー・バックスを4勝2敗で退けたが、セミファイナルはレブロン・ジェームズが5年振りに復帰したクリーブランド・キャバリアーズに2勝4敗で屈し、トム・シボドーヘッドコーチは5月28日に解任。6月1日にフレッド・ホイバーグが新ヘッドコーチに就任した。

ホイバーグを新ヘッドコーチに迎えた2015-16シーズンは、開幕当初は好調だった。ところが2016年に入り、ジョアキム・ノアジミー・バトラーなど主力に負傷者続出して以降状況が一変。勝率が5割前後までに低下。結局42勝40敗に終わり、ローズがブルズに入団して以降初のプレーオフ不出場に終わり、シーズン終了後にはローズをニューヨーク・ニックスに放出。一つの時代が終結した。

ローズをニューヨーク・ニックスに放出したのに続き、FA交渉が解禁した2016年7月に入ってからも、ジョアキム・ノア (ニックスへ) 、パウ・ガソル (サンアントニオ・スパーズへ) との再契約を見送るなど、ブルズはチーム再建の道を歩んでいくものと思われていた。ところが、ブルズは精力的な動きを見せた。3日にレイジョン・ロンドを獲得したのに続き、6日にはマイアミ・ヒートに3度の栄冠をもたらした、地元シカゴ出身のドウェイン・ウェイドの獲得を発表したのである。落胆していたはずのブルズファンが、希望に満ち溢れたことは言うまでもない。2016-17シーズンのブルズは、NBAチャンピオン経験を誇る強力ガードコンビを中心に挑むことになった。しかし、蓋を開けてみると、大量補強の効果は見られず、勝率5割前後の闘いに終始。ロンドとニコラ・ミロティッチフレッド・ホイバーグHCと反目し、ウェイドはシーズン終了後に退団を仄めかすなど、プレーオフ出場こそ何とか決めたもの、1stラウンドでボストン・セルティックスに2勝4敗で屈し、期待外れのシーズンに終わった。

低迷期

その後チームは再建に舵を切り、チームの顔であったバトラーをミネソタ・ティンバーウルブズへ放出し、期待された程の成績を残せなかったロンドとウェイドも解雇した。(ロンドはニューオーリンズ・ペリカンズへ、ウェイドはクリーブランド・キャバリアーズへ移籍)主力を軒並み放出した2017-2018シーズンは27勝55敗と大きく低迷。2018年のオフにはドラフト7位を獲得すると、Cもウェンデル・カーター・ジュニアを指名。さらにFA戦線ではシカゴ出身のジャバリ・パーカーを獲得する。

シーズンごとの成績

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

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シーズン % プレーオフ 結果
シカゴ・ブルズ
1966-673348.407ディビジョン準決勝敗退セントルイス 3, ブルズ 0
1967-682953.354ディビジョン準決勝敗退レイカーズ 4, ブルズ 1
1968-693349.402
1969-703943.476ディビジョン準決勝敗退ホークス 4, ブルズ 0
1970-715131.622カンファレンス準決勝敗退レイカーズ 4, ブルズ 3
1971-725725.695カンファレンス準決勝敗退レイカーズ 4, ブルズ 0
1972-735131.622カンファレンス準決勝敗退レイカーズ 4, ブルズ 3
1973-745428.659カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ブルズ 4, ピストンズ 3
バックス 4, ブルズ 0
1974-754735.573カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ブルズ 4, カンザスシティ・オマハ 2
ウォリアーズ 4, ブルズ 3
1975-762458.293
1976-774438.5371回戦敗退ブレイザーズ 2, ブルズ 1
1977-784042.488
1978-793151.378
1979-803052.366
1980-814537.5491回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ブルズ 2, ニックス 0
セルティックス 4, ブルズ 0
1981-823448.415
1982-832854.341
1983-842755.329
1984-853844.4631回戦敗退バックス 3, ブルズ 1
1985-863052.3661回戦敗退セルティックス 3, ブルズ 0
1986-874042.4881回戦敗退セルティックス 3, ブルズ 0
1987-885032.6101回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ブルズ 3, キャブス 2
ピストンズ 4, ブルズ 1
1988-894735.5731回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ブルズ 3, キャブス 2
ブルズ 4, ニックス 2
ピストンズ 4, ブルズ 2
1989-905527.6711回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ブルズ 3, バックス 1
ブルズ 4, シクサーズ 1
ピストンズ 4, ブルズ 3
1990-916121.7441回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ブルズ 3, ニックス 0
ブルズ 4, シクサーズ 1
ブルズ 4, ピストンズ 0
ブルズ 4, レイカーズ 1
1991-926715.8171回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ブルズ 3, ヒート 0
ブルズ 4, ニックス 3
ブルズ 4, キャブス 2
ブルズ 4, ブレイザーズ 2
1992-935725.6951回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ブルズ 3, ホークス 0
ブルズ 4, キャブス 0
ブルズ 4, ニックス 2
ブルズ 4, サンズ 2
1993-945527.6711回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ブルズ 3, キャブス 0
ニックス 4, ブルズ 3
1994-954735.5731回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ブルズ 3, シャーロット 1
マジック 4, ブルズ 2
1995-967210.8781回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ブルズ 3, ヒート 0
ブルズ 4, ニックス 1
ブルズ 4, マジック 0
ブルズ 4, ソニックス 2
1996-976913.8411回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ブルズ 3, ウィザーズ 0
ブルズ 4, ホークス 1
ブルズ 4, ヒート 1
ブルズ 4, ジャズ 2
1997-986220.7561回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ブルズ 3, ネッツ 0
ブルズ 4, シャーロット 1
ブルズ 4, ペイサーズ 3
ブルズ 4, ジャズ 2
1998-991337.260
1999-20001765.207
2000-011567.183
2001-022161.256
2002-033052.366
2003-042359.280
2004-054735.5731回戦敗退ウィザーズ 4, ブルズ 2
2005-064141.5001回戦敗退ヒート 4, ブルズ 2
2006-074933.6101回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ブルズ 4, ヒート 0
ピストンズ 4, ブルズ 2
2007-083349.402
2008-094141.5001回戦敗退セルティックス 4, ブルズ 3
2009-104141.5001回戦敗退キャブス 4, ブルズ 1
2010-116220.7561回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ブルズ 4, ペイサーズ 1
ブルズ4, ホークス 2
ヒート 4, ブルズ 1
2011-125016.7581回戦敗退シクサーズ 4, ブルズ 2
2012-134537.5491回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ブルズ 4, ネッツ 3
ヒート 4, ブルズ 1
2013-144834.5851回戦敗退ウィザーズ 4, ブルズ 1
2014-155032.6101回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ブルズ 4, バックス2
キャバリアーズ 4, ブルズ 2
2015–164240.512
2016–174141.5001回戦敗退セルティックス 4, ブルズ 2
2017–182755.329
2018–192260.268
2019–202243.338
2020–213141.431
2021–224636.5611回戦敗退バックス 4, ブルズ 1
2022–234042.488
2023–243943.476
通算勝敗2,3832,297.509
プレイオフ187162.536優勝6回
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主な選手

現役選手

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プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長 体重 出身
F 14 マタス・ブゼリス (Matas Buzelis) リトアニア 21 (2004/10/13) 6 ft 10 in (2.08 m) 209 lb (95 kg) イグナイト 
C 12 ザック・コリンズ (Zach Collins)  アメリカ合衆国 28 (1997/11/02) 6 ft 11 in (2.11 m) 250 lb (113 kg) ゴンザガ大学 
G 7 ロブ・ディリングハム (Rob Dillingham) アメリカ合衆国 21 (2005/01/04) 6 ft 2 in (1.88 m) 164 lb (74 kg) ケンタッキー大学 
F 24 ノア・エセング (Noa Essengue)  フランス 19 (2006/12/18) 6 ft 10 in (2.08 m) 200 lb (91 kg) フランス 
G 3 ジョシュ・ギディー (Josh Giddey) オーストラリア 23 (2002/10/10) 6 ft 8 in (2.03 m) 205 lb (93 kg) オーストラリア 
G 31 ジェイデン・アイビー (Jaden Ivey) アメリカ合衆国 24 (2002/02/13) 6 ft 4 in (1.93 m) 194 lb (88 kg) パデュー大学 
G 30 トレ・ジョーンズ (Tre Jones) アメリカ合衆国 26 (2000/01/08) 6 ft 1 in (1.85 m) 185 lb (84 kg) デューク大学 
G 8 河村勇輝 (Yuki Kawamura)  日本 24 (2001/05/02) 5 ft 8 in (1.73 m) 159 lb (72 kg) 東海大学 
G 5 マック・マクラング (Mac McClung)  アメリカ合衆国 27 (1999/01/06) 6 ft 2 in (1.88 m) 185 lb (84 kg) テキサス工科大学 
F 11 レナード・ミラー (Leonard Miller) カナダ 22 (2003/11/26) 6 ft 10 in (2.08 m) 210 lb (95 kg) イグナイト 
G/F 35 アイザック・オコロ (Isaac Okoro) アメリカ合衆国 25 (2001/01/26) 6 ft 6 in (1.98 m) 225 lb (102 kg) オーバーン大学 
F/C 47 ラクラン・オルブリック (Lachlan Olbrich)  オーストラリア 25 (2001/01/26) 6 ft 5 in (1.96 m) 225 lb (102 kg) オーバーン大学 
C 13 ニック・リチャーズ (Nick Richards) ジャマイカ 28 (1997/11/29) 6 ft 11 in (2.11 m) 245 lb (111 kg) ケンタッキー大学 
G 2 コリン・セクストン (Collin Sexton) アメリカ合衆国 27 (1999/01/04) 6 ft 2 in (1.88 m) 190 lb (86 kg) アラバマ大学 
C 25 ジェイレン・スミス (Jalen Smith) アメリカ合衆国 26 (2000/03/16) 6 ft 10 in (2.08 m) 215 lb (98 kg) メリーランド大学 
G 22 アンファニー・サイモンズ (Anfernee Simons) 6th アメリカ合衆国 26 (1999/06/08) 6 ft 3 in (1.91 m) 200 lb (91 kg) IMGアカデミー 
F 44 パトリック・ウィリアムズ (Patrick Williams) アメリカ合衆国 24 (2001/08/26) 6 ft 8 in (2.03 m) 215 lb (98 kg) フロリダ州立大学 
F 28 グエルション・ヤブセレ (Guerschon Yabusele) フランス 30 (1995/12/17) 6 ft 8 in (2.03 m) 265 lb (120 kg) フランス 
ヘッドコーチ
アメリカ合衆国の旗 ビリー・ドノバン(Billy Donovan)
アシスタントコーチ
  オーストラリアの旗 デイミアン・コッター (Damian Cotter)
  アメリカ合衆国の旗 ダン・クレイグ (Dan Craig)
  ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ヘンリー・ドマーキャント (Henry Domercant
  アメリカ合衆国の旗 ウェス・アンセルド・ジュニア (Wes Unseld Jr.)



更新日:2026年02月24日

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年代別主要選手

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人 (75)…偉大な75人

栄誉

永久欠番

さらに見る No., 選手 ...
シカゴ・ブルズ永久欠番
No. 選手 ポジション/役職 在籍期間 式典日
1デリック・ローズPG2008−20162026年1月14日
4ジェリー・スローンG/F1966–19761978年2月17日
10ボブ・ラブF1968–19761994年1月14日
23マイケル・ジョーダンSG1984–1993
1995–1998
1994年11月1日
33スコッティ・ピッペンSF1987–1998
2003–2004
2005年12月9日
フィル・ジャクソンアシスタントコーチ
ヘッドコーチ
1987–1989 (AC)
1989–1998 (HC)
1999年5月5日
ジョニー・カーヘッドコーチ
ビジネスマネージャー
専属アナウンサー
1966–1968 (HC)
1973–1975 (マネージャー)
1977–2009 (アナウンサー)
2009年2月10日
ジェリー・クラウスゼネラルマネージャー1985–20032003年10月31日
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殿堂入り

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シカゴ・ブルズ殿堂入り
選手
No.名前ポジション在籍期間殿堂入り年
42ネイト・サーモンドC1974–19761985
8ジョージ・ガービンG/F1985–19861996
00ロバート・パリッシュC1996–19972003
12
23
45
マイケル・ジョーダン 1G1984–1993
1995–1998
2009
33スコッティ・ピッペン 2F1987–1998
2003–2004
2010
53アーティス・ギルモアC1976–1982
1987
2011
91デニス・ロッドマンF1995–19982011
25チェット・ウォーカーF1969–19752012
5ガイ・ロジャースG1966–19672014
7トニー・クーコッチF1993–20002021
3ベン・ウォーレスF/C2006–20082021
16パウ・ガソルF/C2014–20162023
3ドウェイン・ウェイドG2016–20172023
コーチ
名前ポジション在籍期間殿堂入り年
フィル・ジャクソンアシスタントコーチ
ヘッドコーチ
1987–1989
1989–1998
2007
4ジェリー・スローンアシスタントコーチ
ヘッドコーチ
1977–1978
1979–1982
2009
テックス・ウィンターアシスタントコーチ1985–19992011
ラリー・コステロヘッドコーチ1978–19792022
デル・ハリスアシスタントコーチ2008–20092022
ダグ・コリンズヘッドコーチ1986–19892024
貢献者
名前ポジション在籍期間殿堂入り年
ジェリー・コランジェロ幹部1966–19682004
ジェリー・ラインズドルフオーナー1985–2016
ジェリー・クラウスゼネラルマネージャー1985–20032017
ロッド・ソーンゼネラルマネージャー1978–19852018
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注釈

  • 1 ジョーダンはバルセロナ五輪代表チームとしても殿堂入りを果たしている
  • 2 ピッペンはバルセロナ五輪代表チームとしても殿堂入りを果たしている

FIBA殿堂入り

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シカゴ・ブルズFIBA殿堂入り
選手
No.名前ポジション在籍期間殿堂入り年
12
23
45
マイケル・ジョーダンG1984–1993
1995–1998
2015
33スコッティ・ピッペンF1987–1998
2003–2004
2017(ドリームチームのメンバーとして)
7トニー・クーコッチF1993–20002017
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コーチ、その他

チーム記録

脚註

外部リンク

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