Fw 61 (航空機)
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開発
ハインリヒ・フォッケ博士は、シェルバ社製のシェルバ C.19、シェルバ C.30という2機種のオートジャイロのフォッケウルフ社でのライセンス生産を行っていた。また彼はFw 186の開発を通じ、それらの経験から、オートジャイロの不十分で限定的な運用能力は、本当のヘリコプターによってのみ解決されるという結論に達した。フォッケとゲルト・アハゲリス技師は、1932年にこのヘリコプターの開発を始め、1934年には小型の2ストロークエンジンを搭載した、自由飛行が可能な、後の成功に繋がる機体を製造した。この機体はミュンヘンのドイツ博物館で見ることができる。
1935年2月9日にフォッケはFw 61と命名された試作機の製造を命じられたが、フォッケ自身はこの機をF61と称していた。ドイツ航空省技術部のロルフ・ルフト(Roluf Lucht)は12月19日に2機目の試作機を発注した。この機体の胴体構造部は実績のある練習機フォッケウルフ Fw 44シュティーグリッツ(Stieglitz)を基にして、1基の星型エンジンが胴体の左右に張り出した2基のローターを駆動した。この左右のローターは互いに反対向きに回転することにより、ルイ・ブレゲーにより知られるようになったトルク反動の問題を解決していた。
僅か2機のみの試作機が製造され[1]、試作初号機(V1)、登録記号D-EBVUは1936年6月26日にエヴァルト・ロールフスの操縦で初の自由飛行を行った。試作2号機(V2)、登録記号D-EKRAは1937年春に完成し初飛行した。1937年5月10日にV2はエンジンを止めて着陸するオートローテーションに成功した。これによりアドルフ・ヒトラーによるナチスは実用に耐えられるヘリコプターの開発に成功[2]。
運用の歴史
性能・主要諸元

- 乗員:1名
- 全長:7.29 m
- 全高:2.64 m
- 主ローター直径:7.01 m
- 空虚重量:818 kg
- 最大離陸重量:950 kg
- エンジン:1 × BMW Bramo 314 E 星型エンジン 7気筒、160 hp (119 kW)
- 最高速度:122 km/h
- 巡航速度:90 km/h
- 巡航高度:3,427 m
- 航続距離:230 km
- 上昇率:3.50 m/s