GIベビー
戦後の日本で、連合国軍将兵と日本人女性との間に生まれた子供
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GIベビー(英語:GI baby)とは、主に1952年(昭和27年)までの連合国軍占領下の日本で、GI(アメリカ軍・イギリス軍など)を中心とした連合国軍将兵と日本人女性との間に生まれた乳幼児や子供である。青い目の子供達と呼ばれた。
→詳細は「占領期日本における強姦」を参照

概要
統計・調査
厚生省中央児童福祉審議会は1952年8月13日に有識者20名からなる混血児問題対策研究会を設置した[3]。1952年の神奈川県社会福祉協議会のまとめによると、同県内の施設にいた混血児は276人で、これは当時の日本の児童福祉施設の混血児の過半数に当たったとされる(横須賀基地・厚木飛行場・キャンプ座間があったためだと考えられる)[4]。
1953年に厚生省が行った調査によると、国内に4972人のGIベビーがいた[5][6]。一方当時エリザベス・サンダースホームの創立者澤田美喜はGIベビー20万人説を発表したが、GHQの御用調査官のパール・バック財団の調査によると、実数は非常に掴みにくいものの実際には少なくとも当時日本国内に2-3万人くらいのGIベビーが存在するだろうと言われていた。
1955年に琉球政府文教局が、1961年に中部地区社会福祉協議会が、1975年に沖縄県教育振興会と沖縄協会が、沖縄での混血児の実態を調査した[7]。1972年、沖縄返還に伴い、アメリカの施政権下の沖縄で生まれた混血児の国籍の問題が国会で議論された[8]。
1959年の受田新吉の質問に対する高田浩運(当時厚生省児童局長)の国会答弁によれば、1959年時点で厚生省は国内の戦争混血児の数を集計していなかった[3][9]。