国際柔道連盟
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歴史
- 1948年7月 - ロンドンでヨーロッパ柔道連盟 (EJU) が再建される[5][6]。
- 1951年7月11日 - アルゼンチンのEJU加盟申請により、国際柔道連盟が結成[6]。
- 1951年12月 - 講道館館長の嘉納履正が世界柔道連盟結成をにらみ、フランスを訪れ、ヨーロッパ柔道選手権大会と柔道祭を視察[7]。書籍『柔道大事典』はこの大会を第1回大会としている[8]。
- 1952年までに書籍『柔道講座』によるとIOC承認国際競技連盟となる[9]。
- 1952年12月 - 全日本柔道連盟の加盟が承認される。
- 1960年8月[10]22日[11]または1961年6月[要出典] - ローマまたは某所でのIOC総会で柔道が1964年東京オリンピックでのオリンピック正式競技に決定。
- 1964年10月 - オリンピック東京大会で柔道実施。
- 2007年9月 - 理事選挙で山下泰裕が落選したものの、上村春樹がビゼールによって議決権を有しない指名理事に選ばれる。
- 2010年9月 - マラウイの加盟により国際柔道連盟加盟の国・地域が200に達する。
- 2012年4月 - コソボの加盟を認めた[12]。
- 2022年2月27日 - ロシアのウクライナ侵攻を受け、同国大統領ウラジーミル・プーチンの名誉会長職を停止[13]。
- 2022年3月6日 - プーチン及びロシアの事業家であるアルカディ・ローテンベルクをIJFの全ての役職から解任することに決めた[14][15]。
主催大会
- 世界柔道選手権大会
- 世界団体
- 世界ジュニア柔道選手権大会
- 世界カデ柔道選手権大会
- IJFワールド柔道ツアー(2009年から)
- 世界ベテランズ柔道選手権大会
- 世界柔道形選手権大会
主管大会
- 夏季オリンピックの柔道
- パラリンピックの柔道
- ユースオリンピックの柔道
本部等所在地
[いつ?]
| 所在都市 | 位置 | |
|---|---|---|
| IJF本部 | 北緯47度29分54.8秒 東経19度2分55.5秒 | |
| IJF会長室 | 北緯47度29分54.8秒 東経19度2分55.5秒 | |
| IJF事務総局 | 北緯48度49分20.1秒 東経2度19分0.2秒 |
歴代会長
IJFの殿堂入りを果たした柔道家
加盟大陸競技団体
加盟国内競技連盟
アンバサダー
- 寬仁親王妃信子 - 日本の皇族
- アルベール2世 - モナコ公国の公
- シュミット・パール - 第4代ハンガリー大統領、元ハンガリーオリンピック委員会会長
- イルハム・アリエフ - 第4代アゼルバイジャン大統領
- ハッザーア・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン - ムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーンUAE大統領の弟
- ワシリー・アニシモフ - 大富豪、元ロシア柔道連盟会長
- サンドル・チャーニ - OTPグループの会長兼CEO
- ダビド・ドゥイエ - フランスの柔道家、元スポーツ大臣
- アル・バーノ - イタリアの歌手、俳優
- アンドレア・ボチェッリ - イタリアのテノール歌手
- アントニオ・カストロ・ソト・デル・バレ - キューバ野球連盟副会長
- イオン・ティリアック - ルーマニアの実業家、ルーマニアテニス連盟会長
- イリ・ナスターゼ - ルーマニアの元プロテニス選手
- ロベルト・バンドワール - ベルギーの柔道家(9段)
- ジョアン・デルリ - ブラジルの柔道家、元リオグランデ・ド・スル州政府スポーツ長官
- ナディア・コマネチ - ルーマニアの元女子体操選手
- リオル・ラズ - イスラエル俳優
国際柔道デー
エピソード
国際柔道連盟がブラジリアン柔術を統合しようとしたが傘下に入ることを拒否され失敗したことを溝口紀子は2016年リオデジャネイロオリンピックの際、述べている[19]。