Infiniminer
2009年のビデオゲーム
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ゲーム内容
開発
ザカリー・バースは若いころからゲームプログラミングの経験があり、ニューヨークのレンセラー工科大学で本格的にスキルを磨いた。卒業後はマイクロソフトにゲームプログラマーとして勤務しつつ、余暇にインディーゲーム開発を続けていた。2009年4月、バースはInfiniminerをリリース。マルチプレイヤー対戦型の鉱石採掘ゲームとして設計していたが、プレイヤーはすぐにそのサンドボックス的な仕組みを活用し、建物の建築にも熱中し始めた。
Infiniminerは人気を集めたものの収益化には至らなかった。バースはゲームのソースコードを暗号化しておらず、それがネット上に流出。結果として非公式の改造やハックが横行し、収益化やコード管理も困難になったため、開発が打ち切られた[5]。
発売後の発展
2009年10月にスウェーデンのインディー開発者であるマルクス・ペルソン(Notch)は、のちの『Minecraft』となるプロジェクト(当初は『RubyDung』)の開発初期に着手した。Infiniminerは、ブロックを基調としたビジュアル、1人称視点、建築メカニクスなど多くの面で大きな影響を与えたが、ペルソンはさらにロールプレイングゲーム要素など独自要素を加えることで差別化を図った[7]。
Minecraftの人気を受けて、バースはCascade PBSのインタビューで当時を回想し、「あんなことになるなんて全く想定していなかった。人生に計画など立てられないものだ」とコメント。当初はMinecraftの成功に驚いていたが、その人気を認めている。バースはその後、開発費わずか4000ドルで100万ドル以上を売り上げたパズルゲーム『スペースケム』で商業的成功を収め、マイクロソフトを退社し自らのスタジオのZachtronicsを設立した。一時は4人まで拡大したが、2012年には経営難から教育企業のAmplify向けの受託開発にも携わった[5]。
2014年3月15日、Infiniminerは英チャンネル4の番組『Fresh Meat』で取り上げられた。バースは制作スタッフからの連絡でこれを知り、当初はMinecraftへの言及かと思ったが、実際にはInfiniminerの実機映像や言及であった[8]。
2015年には『Infinifactory』を発表し、Infiniminerやスペースケムの要素を組み込んだパズルゲームとしてリリース。