ヤヌスキナーゼ3
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ヤヌスキナーゼ3(英: Janus kinase 3、JAK3)は、ヒトではJAK3遺伝子によってコードされている酵素(チロシンキナーゼ)である[5][6]。
ヤヌスキナーゼ
JAK3は、ヤヌスキナーゼ(JAK)ファミリーに属するチロシンキナーゼである。このファミリーの他のメンバーには、JAK1、JAK2、TYK2がある。JAKは、およそ1150アミノ酸、120–130 kDaと比較的大きなキナーゼであり[7]、サイトカイン受容体に特異的に結合する細胞質基質型チロシンキナーゼである。サイトカイン受容体自体は酵素活性を欠くため、リガンド(サイトカインなど)結合に伴うシグナル伝達の開始はJAKに依存している。サイトカイン受容体は、ドメインや活性化モチーフに基づいて大きく5つのグループに分けられる。JAK3は、共通γ鎖(γc)を利用するI型の受容体のシグナル伝達に必要である。JAK3は免疫細胞と非免疫細胞の双方において、その生理に必要不可欠な役割を果たしていることが研究から示唆されている。上皮細胞では、JAK3は上皮間葉転換、細胞生存、細胞成長、発生、分化の調節に重要である。造血系由来の細胞から産生される成長因子やサイトカインは、免疫細胞と非免疫細胞の双方でシグナル伝達にJAKを利用する。JAKの中でも、JAK3はヒトとマウスの双方で免疫細胞や腸管上皮細胞に広く発現している。JAK3の機能を喪失する変異は常染色体型重症複合免疫不全症(SCID)の原因となるのに対し、JAK3を活性化する変異は造血系や上皮のがんの発生をもたらす。JAK3選択的阻害薬であるトファシチニブ(ゼルヤンツ)は特定の慢性炎症性疾患に対してFDAの承認を受けており、関節リウマチ、乾癬、臓器移植時の拒絶反応に対する免疫抑制作用が示されている。しかしながら、JAK3は粘膜上皮機能にも必要不可欠な役割を果たしているため、JAK3指向性薬剤は有害な作用も及ぼす可能性がある。消化管機能におけるJAK3の役割に関する情報は近年になって集積されつつある段階であるが、消化管の創傷治癒、炎症性腸疾患、肥満と関連したメタボリックシンドローム、上皮がんと関連している可能性が示唆されている[8]。
シグナル伝達のモデル

JAK3は、受容体に共通γ鎖(γc)サブユニットが含まれるサイトカイン(IL-2、IL-4、IL-7、IL-9、IL-15、IL-21)によって活性化される。サイトカインの結合は個々のサイトカイン受容体サブユニットの結合、そして受容体に結合したJAKの活性化を誘導する。サイトカインの非存在下では、JAKはチロシンキナーゼ活性を持たない。活性化されると、JAKはサイトカイン受容体サブニットの特定のチロシン残基をリン酸化し、STATのためのドッキング部位を形成する。STATは転写因子のファミリーの1つであり、リン酸化チロシン残基への結合を可能にするSH2ドメインが含まれている。STATはJAKによってリン酸化された後に二量体化し、核へ移行してDNA上の特定のエレメントに結合し、特定の遺伝子の発現を誘導する[7]。サイトカイン受容体は特定のJAK-STAT経路を選択的に活性化し、さまざまな遺伝子群の転写を誘導する。一例として、IL-2やIL-4はJAK1、JAK3、そしてSTAT5を活性化する[10]。
機能
JAK3はT細胞やNK細胞に最も広く発現しており[7]、腸管上皮細胞でも検出される[11][12][13]。JAK3はI型サイトカイン受容体ファミリーのうち、共通γ鎖(γc)を利用する受容体(IL-2R、IL-4R、IL-7R、IL-9R、IL-15R、IL-21R)を介したシグナル伝達に関与している[14]。JAK3の機能喪失変異は常染色体型重症複合免疫不全症(SCID)の原因となり[15]、JAK3の活性化変異は白血病の発症につながる[16]。
T細胞やNK細胞における良く知られた役割以外にも、JAK3は好中球においてIL-8刺激を媒介することが明らかにされている。IL-8は主に好中球やリンパ球の走化性を誘導する機能を果たしており、IL-8を介した走化性はJAK3のサイレンシングによって大きく阻害される[17]。
腸管におけるJAK3
細胞骨格との相互作用
JAK3はアクチン結合タンパク質ビリンと相互作用し、細胞骨格の再編成と粘膜の創傷治癒を促進する[13]。JAK3とビリン/ゲルゾリンファミリーの細胞骨格タンパク質との相互作用の構造的特性解析がなされており、リン酸化JAK3とリン酸化ビリンとの相互作用を行うためにはJAK3のFERMドメインで十分であることが示されている。JAK3のSH2ドメインは、リン酸化ビリンが非リン酸化型JAK3のFERMドメインへ結合することを防いでいる。非リン酸化JAK3においてはFERMドメインとSH2ドメインとの分子内相互作用によってビリンへの結合が防がれており、SH2ドメインのチロシン残基の自己リン酸化によってこの分子内相互作用が弱められることで、FERMドメインのビリンへの結合が促進される。このように、SH2ドメインのチロシンリン酸化はJAK3と細胞骨格タンパク質との相互作用における分子内スイッチとして機能している[11]。
粘膜恒常性の維持
炎症性腸疾患(IBD)の患者における粘膜の持続的損傷は腸管微生物の粘膜下免疫細胞層への移行を促進し、慢性炎症につながる。IL-2は腸管上皮細胞(IEC)の恒常性に重要な役割を果たしており、濃度依存的にIECの増殖と細胞死を調節している。低濃度のIL-2による活性化は、JAK3のチロシンリン酸化依存的にp52ShcAとの相互作用をもたらす[12]。ShcはチロシンホスファターゼSHP-2やPTP-1BをJAK3へリクルートし、JAK3の脱リン酸化を誘導する[18]。高濃度のIL-2存在下ではJAK3のリン酸化は低下してp52ShcAとの相互作用は失われ、JAK3は核へ再分布してアポトーシスが誘導される。また、IL-2は用量依存的にJAK3のmRNAのダウンレギュレーションの誘導も行うことも示されており、IL-2を介した粘膜恒常性の維持はJAK3の翻訳後調節と転写調節を介して行われている[12]。
粘膜でのJak3の発現喪失は、腸細胞系統、分泌細胞系統の双方の分化マーカーの発現の低下を引き起こす。Jak3ノックアウトマウスでは結腸のビリン、炭酸脱水酵素、分泌ムチンMuc2の発現が低下することが示されており、また炎症性サイトカインであるIL-6やIL-17Aの濃度が上昇し、ミエロペルオキシダーゼ活性が増大していることから、基底レベルの結腸炎症が増大していることが示されている。ノックマウスにおける炎症は、結腸や盲腸の短縮、陰窩の深さの減少、デキストラン硫酸ナトリウム誘発性大腸炎に対する感受性の増大と関連している[19]。
分化したヒト結腸上皮細胞では、JAK3は側底膜表面に再分布し、アドヘレンスジャンクション(AJ)タンパク質β-カテニンと相互作用する[19]。JAK3はβ-カテニンのN末端ドメインの3つのチロシン残基(Tyr30、Tyr64、Tyr86)を直接リン酸化する。しかしながら、JAK3によるリン酸化が起こるためには、それに先立ってβ-カテニンのTyr654がリン酸化されていることが必要不可欠である。JAK3によるβ-カテニンのリン酸化は、EGFを介した上皮間葉転換を抑制し、リン酸化β-カテニンをα-カテニンとの相互作用を介してAJへ局在させることで上皮バリア機能を促進する。JAK3によるβ-カテニンのN末端ドメインのリン酸化は、AJのダイナミクスと上皮間葉転換の間の分子的連携機構となっている[20]。
このように、JAK3は分化マーカーの発現の促進による粘膜分化の促進、そしてβ-カテニンのAJへの局在を介して結腸のバリア機能の亢進を担っている[19]。
肥満との関連
慢性的な低度の炎症(chronic low-grade inflammation、CLGI)は、肥満集団における代謝の悪化に重要な役割を果たしている。JAK3の発現と活性化は、CLGIや関連する合併症に対する保護効果をもたらす。齧歯類モデルでの研究では、Jak3の喪失によって体重の増加、全身的なCLGI、血糖調節の異常、高インスリン血症、脂肪性肝疾患の初期症状が引き起こされることが示されている。また、Jak3の喪失は西洋式の高脂肪食によるメタボリックシンドロームの症状の悪化をもたらす。JAK3はマウス腸管粘膜やヒト腸管上皮細胞におけるTLRの発現や活性化の低下に必須であり、JAK3はアダプタータンパク質であるIRS1のチロシンリン酸化を介し、PI3Kの調節サブユニットであるp85と相互作用し活性化する。こうした相互作用はPI3K-Akt軸の活性化を引き起こし、TLRの発現やTLRと関連したNF-κBの活性化の低下に必要不可欠である。JAK3はTLRの発現抑制や活性化の制限によって粘膜寛容の促進に必須の役割を果たしており、腸管や全身のCLGI、関連する肥満やメタボリックシンドロームを予防している[21]。
CLGIと関連した肥満には腸管バリア機能の欠陥が大きな役割を果たしているが、肥満の人物では腸管のBCRPの機能が損なわれていることが近年の研究では示唆されており、食餌誘発性肥満マウスでもこうした結果が再現されている。また、肥満時にBCRPの機能が損なわれる原因は、JAK3を介したチロシンリン酸化の喪失であることも示されている。BCRPはABC輸送体ファミリーの一員であり、その主な機能は細胞膜に結合した基質の排出である。JAK3によるBCRPのリン酸化は膜に局在したβ-カテニンとの相互作用を促進し、この相互作用はBCRPの発現や表面局在だけでなく、BCRPを介した腸管における薬剤排出やバリア機能の維持にも必要不可欠である。ヒトの肥満における腸管でのJAK3発現の低下や、マウスにおけるJak3のノックアウト、ヒト腸管上皮細胞におけるsiRNAを介したβ-カテニンのノックダウン、これら全てにおいて腸管でのBCRPの発現は大幅に失われ、結腸での薬剤排出やバリア機能が損なわれるという結果が得られている[22]。
また、メタアナリシスでは認知機能障害が肥満の併存疾患であることが示されており、肥満と関連した認知機能障害におけるJAK3の役割が示されている。野生型マウスでは、高脂肪食によって腸管粘膜と脳の双方でJak3の発現が抑制される。Jak3ノックアウトマウスや腸管上皮細胞特異的にJak3をノックアウトしたマウスを用いた実験により、高脂肪食によって誘発されるJak3の欠乏が認識脳障害の原因となっており、腸管上皮におけるJak3の欠乏もその原因の一部となっていることが示されている。Jak3の欠乏は、腸内微生物叢の乱れ、そして脳におけるTREM2を介したミクログリア活性化の欠陥、TLR4発現の増大やHIF-1αを介した炎症を引き起こす。そしてミクログリアの機能が損なわれることで、認知機能障害の原因となるアミロイドβやリン酸化タウタンパク質の沈着が増大すると考えられている[23]。
疾患との関係
JAK3の活性化変異はT細胞急性リンパ芽球性白血病(T-ALL)患者の16%にみられる[24]。それ以外に、発がん性のJAK3変異は急性巨核芽球性白血病(AMKL)、T細胞前リンパ球性白血病(T-PLL)、若年性骨髄単球性白血病(JMML)、NK/T細胞リンパ腫でも同定されている。変異の大部分は、JAK3タンパク質の偽キナーゼドメインやキナーゼドメインに位置している。JAK3変異の大部分では、形質転換能はJAK1のキナーゼ活性に依存している[16]。
JAK3の不活性化変異は免疫不全の原因となることが知られている[25]。共通γ鎖(γc)をコードする遺伝子の変異は、X連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)の原因となる。γcはJAK3と特異的に結合するため、JAK3の変異も重症複合免疫不全症(SCID)の原因となる[26]。JAK3の欠損によって、次に挙げるサイトカインシグナルの伝達とその影響が遮断される[9]。
- IL-2 - T細胞の増殖と末梢性寛容の維持
- IL-4 - Th2細胞の分化
- IL-7 - 胸腺における胸腺細胞の発生
- IL-9 - さまざまな造血系細胞に対する生存シグナル
- IL-15 - NK細胞の発生
- IL-21 - B細胞におけるクラススイッチの調節
全体として、JAK3の欠損によってT−B+NK−型のSCID表現型が引き起こされる。すなわち、T細胞とNK細胞を欠損した状態となる[27]。B細胞は存在するものの、B細胞の活性化や抗体のクラススイッチに欠陥があるため機能しない。
JAK3は免疫細胞の発生に必要であるため、JAK3の標的化は新たな免疫抑制剤の創出のための有用な戦略となる可能性がある。JAK3の欠損は免疫不全を引き起こす一方で多面的な影響は生じないため、特異性の高いJAK3阻害薬は限定的で正確な作用をもたらすものとなると考えられる[9]。こうした特徴は、現在広く用いられている免疫抑制剤が多くの標的を持ち、さまざまな副作用が生じるのとは対照的である。JAK3阻害薬は自己免疫疾患、特に特定のサイトカイン受容体が発症に直接的な役割を果たしている疾患の治療に有用となる可能性がある。一例として、IL-15受容体を介したシグナル伝達は関節リウマチの発症に重要であることが知られており[28]、IL-4やIL-9の受容体はアレルギー反応に関わっている[29]。
JAK3選択的阻害薬としてトファシチニブが開発されており、臨床試験で有望性が示されている。この薬剤はJAK3に対してnM濃度で効果を示し、非ヒト霊長類腎臓移植モデルにおいて拒絶反応の抑制に有効であることが示されている[9]。また、トファシチニブは関節リウマチ、乾癬、臓器移植時の拒絶反応の抑制に関する第I・II相臨床試験において免疫抑制作用が示されている[30]。現在、トファシチニブはファイザーからゼルヤンツの名称で、関節リウマチの治療薬として市販されている[31]。