KLMオランダ航空
オランダのフラッグキャリア
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KLMオランダ航空(ケイエルエムオランダこうくう、オランダ語: Koninklijke Luchtvaart Maatschappij、英語: KLM Royal Dutch Airlines)は、オランダにおけるエールフランス-KLM傘下の航空会社で、同国のフラッグ・キャリアである[1]。
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| 法人番号 | 6700150006051 | |||
|---|---|---|---|---|
| 設立 | 1919年 | |||
| ハブ空港 |
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| マイレージサービス | Flying Blue | |||
| 会員ラウンジ | KLM Crown Lounge | |||
| 航空連合 |
スカイチーム スカイチーム・カーゴ(KLMカーゴ) | |||
| 親会社 | エールフランス‐KLM | |||
| 保有機材数 | 126機(16機発注中) | |||
| 就航地 | 250都市 | |||
| 本拠地 |
アムステルフェーン | |||
| 代表者 |
Pieter Elbers (CEO) Erik Swelheim (CFO) | |||
| 外部リンク | https://www.klm.co.jp | |||
| 備考 | ||||
略称の KLM のオランダ語での発音は「カーエルエム、カーエレム」に近い。本項では以下、KLMオランダ航空を「KLM」という表記に統一する。ちなみに「KLM」とは、オランダ語の「Koninklijke Luchtvaart Maatschappij(K…コーニンクルッケ・L…ルフトファールト・M…マートスハッペイ、王立航空会社)」の頭文字である[2]。
歴史
- 第一次世界大戦後の1919年10月7日、アルベルト・プレスマンがオランダ政府やウィルヘルミナ女王の援助を得て創設した。創設時と同じ名称で営業する世界で最も古い航空会社である[2]。
- 1920年5月17日、ロンドン/クロイドン-アムステルダム間で初就航した[2]。初期にはオランダのフォッカー社の機材が主に使われた。
- 1924年10月1日、大陸間飛行実験を行い、インドネシアのジャカルタに飛行した。
- 1924年、タイの首都バンコクのドンムアン空港に就航した。
- 1929年、オランダの植民地のインドネシア・ジャカルタ線に定期便を就航させた。この路線は、第二次世界大戦以前の世界最長路線となった[3]。
- 1934年には全金属製のダグラス DC-2を導入。
- 1935年7月、1週間で3件の大規模墜落事故を発生させた。7月14日にアムステルダムとブシールで墜落し、7月20日にはサンジャコモで墜落事故が発生した。今でも、1935年7月14日から20日までの週は「ブラックウィーク」として知られている。
- 1936年、ダグラスDC-3を導入。
- 1938年6月、開港したマンチェスター・リングウェイ空港に就航。
- 1939年にKLMの代表を乗せたボーイング307ストラトライナーがデモンストレーション飛行で墜落する事故が発生。
- ダグラスDC-5を民間航空会社で唯一導入。
- 1939年に勃発した第二次世界大戦で、フランス、ドイツ上空の飛行が禁止され、また、軍用機との混同の可能性を抑えるために機体がオレンジ色に塗装された。アムステルダム・スキポール空港がドイツ軍に接収され営業が困難となり、さらに、すべての機材を失った。
- 1945年9月、国内線、近距離ヨーロッパ路線の運航を再開。
- アメリカの援助を得て、1946年、ニューヨークへの定期便を開始した。
- 1940年代後半、ロッキードコンステレーション、ダグラスDC-6、コンベア240を導入。
- 1960年3月、ダグラスDC-8を導入。1966年にはDC-9を導入。
- 1993年にノースウエスト航空と大規模提携を行い、のちにコンチネンタル航空とともにウイングス・アライアンスの結成に動いていた[4]。
- 2004年にフランスのエールフランスと経営統合し[5]、持株会社方式で1つのグループ(エールフランス‐KLM)としてのネットワークを活かしながらそれぞれ独自のサービスとブランドを展開している。
- KLMの本部
- 設立当時のポスター
- KLMのロゴの歴史
- 1937年に行われた航空機6機によるプロパガンダ飛行
- 1946年5月21日にニューヨークへの最初の定期便が就航したことを報じる映画ニュース
- 1951年に東京便が就航した際の映画レポート
現在
経営はエールフランス‐KLMで完全統合されているが、国際航空では国間の航空権益があるため現存させている組織である(エールフランスも同様にエールフランス‐KLM傘下の運航会社である)。日本では成田国際空港と関西国際空港から直行便が運航している。
イギリスのスカイトラックス社による航空会社の格付けで「ザ・ワールド・フォー・スター・エアラインズ(The World's 4-Star Airlines)」の認定を得ている[6]。
保有機材
運航機材
| 機材 | 運航数 | 発注数 | 座席数 | 備考 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| C | W | Y+ | Y | 計 | ||||
| エアバスA320neo | - | 9[11][12] | 未定 | 180 | A320は2028年より投入予定[12] 60機のオプション付き 737を置き換え予定 | |||
| エアバスA321neo | 12 | 21[11][13] | 30 | - | 6 | 191 | 227 | |
| エアバスA330-200 | 6 | - | 18 | - | 36 | 214 | 268 | A350に置き換え予定 |
| エアバスA330-300 | 5 | - | 30 | - | 40 | 222 | 292 | |
| エアバスA350-900 | - | 47[14] | 34 | 26 | 33 | 238 | 331[15] | オプション40機付き グループ内での割り当ては未定[16] A330,777-200ERを置き換え予定 |
| エアバスA350-1000 | - | 3[14] | 34 | 28 | 32 | 297 | 391[15] | |
| ボーイング737-700 | 6 | - | 30 | - | 6 | 106 | 142 | A320neoファミリーに置き換え予定 |
| ボーイング737-800 | 29 | - | 30 | - | 6 | 150 | 186 | |
| ボーイング737-900 | 5 | - | 30 | - | 30 | 132 | 188 | |
| ボーイング777-200ER | 15 | - | 35 | 24 | 54 | 175 | 288 | A350に置き換え予定 |
| ボーイング777-300ER | 16 | - | 35 | 24 | 56 | 266 | 381 | |
| ボーイング787-9 | 13 | - | 30 | 21 | 48 | 176 | 275 | |
| ボーイング787-10 | 15 | - | 38 | 28 | 39 | 213 | 318 | |
| KLMカーゴ | ||||||||
| エアバスA350F | - | 4 | 貨物 | マーティンエアによる運航予定[17] 747-400Fを置き換え予定 | ||||
| ボーイング747-400ERF | 3 | - | 貨物 | マーティンエアによる運航 A350Fに置きかえ予定 | ||||
| 計 | 125 | 84 | ||||||
KLMが発注したボーイング社製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は06及びK2で、航空機の形式名は737-8K2、747-206、747-406、777-206ERなどとなる。
また、B747-400は2013年からビジネスクラスにフルフラットシートを更新導入しているが、順次退役・売却も計画されており、この代替を目的にエールフランスと共同でB787-9を25機確定発注(+オプション25機)、またA350-900を25機確定発注(オプション35機)の計110機を発注した。
2014年12月に重整備を受けたB737-800の2機(PH-BXW、PH-BXZ)から、現行の塗装を一部流線型とした新塗装となり、保有機材を含めて今後は順次施工していく。2015年以降導入のB777-300ERとB787-9は最初から新塗装での納入となる[18]。
ギャラリー
- エアバスA321neo
- エアバスA330-200
- エアバスA330-300
- ボーイング737-700
- ボーイング737-800
- ボーイング737-900
- ボーイング737-900(スカイチーム塗装)
- ボーイング747-400ERF
- ボーイング777-200ER
- ボーイング777-300ER
- ボーイング777-300ER(KLMアジア)
- ボーイング777-300ER(スカイチーム塗装)
- ボーイング777-300ER(Orange Pride特別塗装)
- ボーイング787-9
- ボーイング787-10
- ボーイング787-10(100周年記念塗装)
退役済機材
- エアバスA310‐200
- ボーイング737-200
- ボーイング737-300/-400
- ボーイング747-100/-200/-200M
- ボーイング747-300/-300M
- ボーイング747-400/-400M[20]
- ボーイング767-300ER
- ダグラスDC-2
- ダグラスDC-3
- ダグラスDC-4-1009
- ダグラスDC-5
- ダグラスDC-6
- ダグラスDC-7
- ダグラスDC-8-30/-50/-63
- フォッカーF.VII
- マクドネル・ダグラスDC-9-30/-30C
- マクドネル・ダグラスDC-10
- マクドネル・ダグラスMD-11(2016年11月11日に退役。KLMはMD-11の旅客型を世界で最後まで運航していた航空会社であり、この退役を機にMD-11の旅客型は運航されなくなり、貨物型のみの機種となった[21]。)
- フォッカーF.VII
- エアバスA310-200
- ダグラスDC-2
- ダグラスDC-8-30
- ダグラスDC-8-50
- ダグラスDC-8-63
- マクドネル・ダグラスDC-9-30
- マクドネル・ダグラスDC-10(ノースウエスト航空との連携機材)
- マクドネル・ダグラスMD-11
- ボーイング747-200B
- ボーイング747-200B/SUD
- ボーイング747-200BM/SUD
- ボーイング747-200F
- ボーイング747-300M
- ボーイング767-300ER
就航都市
日本との関係

運航便
2025年3月現在。エールフランス、スカンジナビア航空とコードシェアを実施している。
歴史
- 1951年12月7日、ロッキードL.749コンステレーションを使用して、アムステルダム-羽田線を開設[37]。戦後の日本に乗り入れた6社目の会社となった。マニラなど4地点を経由し、全行程64時間、実飛行時間39時間10分かけて運航していた[38]。
- 1960年代には、他社に先駆けて、日本路線に日本人CAを乗務させ始めた。
- 成田空港の開港に伴い、1978年5月から、羽田発着の全便を成田発着に変更した。
- 1987年3月より、アムステルダム-成田線を直行便化した[38]。
- 1994年、関西国際空港-アムステルダム線を開設
- 2023年9月4日から、成田-アムステルダム線において、一部曜日で運行されていたソウル/仁川を経由する便を廃止して直行便化し、全便直行便とした[39]。同様に2023年10月29日から、週3往復の関空-仁川-アムステルダム線を直行便とした[40]。
サービス





機内サービス
長距離路線ではビジネスクラス「ワールドビジネスクラス」、エコノミークラスの2クラス制。ヨーロッパ域内路線ではビジネスクラス「ヨーロッパビジネスクラス」とエコノミークラスの2クラス制をとる。全機種のエコノミークラスには、足元の広い「エコノミー・コンフォートゾーン」が搭載されている(ファーストクラス「ロイヤルクラス」は1996年ノースウエスト航空と同時に導入されたワールドビジネスクラスの導入により廃止)。
日本路線の機内食の特徴として、ホテルオークラ・アムステルダムの和食を搭乗クラスに関係なく提供し、日本人旅客へのサービスを図っていることがある。
- KLMオリジナルギフト(ワールドビジネスクラスのみで提供) - オランダ伝統の陶器、デルフト陶器の「ミニチュアハウス」40年以上続く人気のプレゼントで、中にはイェネーバ(蘭: jenever、オランダ・ジン)が入っている。陶器は現在88種類で、毎年1-2種が新規追加されている。
- エンターテインメント - ボーイング777型機・ボーイング787型機では各座席にスクリーンが設置されており、映画やニュース番組のほか、音楽プログラムがある。また、ボーイング777-300ERの一部機体では機内無線LAN(Wi-Fi)サービスを開始している。
- 機内誌・機内販売 - 機内誌は「Holland Herald」(英語版のみ)。また、アクセサリー、香水、化粧品などの免税品をはじめ、メンズ向けのグッズなども機内で注文した商品を自宅へ配送するホームデリバリーサービスを提供する。
- アメネティキット(ワールドビジネスクラスのみ)には洗顔用具、機内用靴下、アイマスクが入っている。スリッパも機内でもらえる。
Flying Blue/フライング・ブルー
エールフランスとKLM共通のマイレージプログラムで、2005年6月6日よりサービスが開始された。
エールフランス、KLMをはじめ、スカイチーム便、提携航空会社やホテル、レンタカー、クレジットカードなどの提携130社以上でマイルの獲得や特典を利用できる。また、獲得したマイルをほかのどの会員にも譲渡できる。さらに同社便・提携会社便の利用回数・距離に応じてアイボリー、シルバー、ゴールド、プラチナの4つの会員となるエリート会員制度を持つ。
空港でのサービス
KLMのハブ空港であるアムステルダムのアムステルダム・スキポール空港は、乗り継ぎの簡単さ(ワンターミナルコンセプト)を重視しており、過去にベストエアポートとしての受賞歴もある。日本からスルーチェックインを済ませた客が、フライトの待ち時間にオランダへの一時観光入国をできるようにもなっている。
アムステルダム・スキポール空港のクラウン・ラウンジは近年リニューアルされた。
KLMアジア

KLMには傘下にKLMアジアというかつての日本アジア航空に似た会社が存在する。これは台湾及び中国双方に路線を持つことに対する政府圧力が背景にあったからである。これと同じくしてヨーロッパ各国のフラッグキャリアはアジアという名称を付けるなどして別会社の設立や別会社を装った便名で運航していたが直接運航の認可によりすべて消滅(もっとも、KLM以外は路線自体が消滅)、ただしKLMアジアのみKL便として現在も運航している。当時KLMアジアとして使用されていた機材の一部は、「KLM Asia」のロゴをまとったまま使用されているが、のちに導入したボーイング777-300ERでも「KLM Asia」のロゴが新塗装として2機(機体番号:PH-BVB、PH-BVC)在籍し、時より成田線へ乗り入れるほか、上海線などのアジア路線に就航している。
その他
- 同社のウェブサイト(http://www.klm.co.jp) で販売するKLM便エコノミークラス航空券の最安値サービス、ベストプライスギャランティー、というものもある。
- 日本では、かつてフジテレビの「オールスター家族対抗歌合戦」(バンコク旅行、ヨーロッパ周遊旅行)、フジテレビの「オリンピックショウ 地上最大のクイズ」の後期版「ジェットショー 地上最大のクイズ」(世界一周旅行)、フジテレビの「象印スター対抗大乱戦」(バンコク旅行)、テレビ朝日の「象印歌のタイトルマッチ」「象印スターものまね大合戦」(ヨーロッパ周遊旅行)の優勝賞品の海外旅行に協賛していたことでも知られる。
- フジテレビの世界名作劇場「牧場の少女カトリ」や「トラップ一家物語」の製作にも協力していて、ヨーロッパの風景を忠実に再現していた。最後のタイトル・クレジットにも「協力・KLMオランダ航空」と出ていた。これは、エンディングに5秒間も社名を表示させる事で、ロケスタッフの往復飛行機代金を負担していたものである。
- 松竹映画の「男はつらいよ」シリーズ、「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」にも協賛会社としてクレジットされている。この映画が撮影された時にはまだ日本-ウィーンの直行便がなく、映画ではKLMによるアムステルダムにあるアムステルダム・スキポール空港乗り継ぎによるウィーンへの旅程となった。映画の中でもアムステルダム・スキポール空港から柴又の実家へ電話をかけるシーン、KLM機内でのシーン、アムステルダム・スキポール空港を離陸するKLM機のシーンが見られる。オーストリア航空・全日本空輸(ANA)・アエロフロート共同運航による成田-ウィーン便ができたのは映画が公開される1ヶ月前の1989年7月16日のことである。
- このほかの日本での協賛映画としては、1966年に公開された日活映画「風車のある街」がある。
- マイレージサービス Flying Blue が導入される以前は、独自に Flying Dutchman (フライング・ダッチマン)という名称で実施していた。これはあまりにも海への畏れを知らぬ態度故に神の怒りを買い、最後の審判の日まで幽霊船でさまよう宿命を与えられた船長にまつわる伝承(フライング・ダッチマン)に由来する。ただし、日本を含む東アジアでは代わりにノースウエスト航空の「ワールドパークス」が会員を募集することとされていたため、日本人は原則として入会できなかった。
- KLMは「王立」を社名に冠するだけあってオランダ王室のメンバーも専用機として使用するが、現国王のウィレム=アレクサンダーは皇太子時代から、月2回ほど副業として子会社のKLMシティホッパーでフォッカー70の副操縦士として勤務しており、国王に即位した後も操縦していた。国王は旅客機用の操縦士免許を所有しており、これの維持には定期的な操縦経歴が必要なためである[41][42]。

- 1990年ごろ、かつてオランダの植民地であったインドネシアの航空会社、ガルーダ・インドネシア航空の塗装を機体に施すというイベントが行われた。