グアム国際空港
アメリカ・グアムの空港
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グアム国際空港(グアムこくさいくうこう、英語: Guam International Airport)、正式名称アントニオ・B・ウォン・パット国際空港(英語: Antonio B. Won Pat International Airport)は、アメリカ合衆国グアムの国際空港である。
| アントニオ・B・ウォン・パット国際空港 グアム国際空港 Antonio B. Won Pat International Airport Guam International Airport | |||||||||||||
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| IATA: GUM - ICAO: PGUM | |||||||||||||
| 概要 | |||||||||||||
| 国・地域 |
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| 所在地 | タムニンおよびバリガダ | ||||||||||||
| 種類 | 民間 | ||||||||||||
| 運営者 | グアム・A.B.ウォンパット国際空港公社 | ||||||||||||
| 拠点航空会社 | フリーダムエアー、フライ・ミクロネシア、ユナイテッド航空 | ||||||||||||
| 標高 | 91 m (297 ft) | ||||||||||||
| 座標 | 北緯13度29分02秒 東経144度47分50秒 | ||||||||||||
| 公式サイト | 公式ウェブサイト | ||||||||||||
| 地図 | |||||||||||||
| 滑走路 | |||||||||||||
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| 統計(2018年) | |||||||||||||
| 旅客数 | 380万人 | ||||||||||||
| リスト | |||||||||||||
| 空港の一覧 | |||||||||||||
概要
歴史
第二次世界大戦以前、サンフランシスコからハワイ経由でグアムに乗り入れていたパンアメリカン航空は飛行艇でグアム島内に乗り入れていた。その後、第二次世界大戦中の1943年に当時グアム島を占領していた大日本帝国海軍の飛行場として建設された。
1944年7月から8月にかけて行われたグアムの戦いでグアムを奪還したアメリカ軍は、この飛行場をアメリカ陸軍航空軍(アメリカ空軍の前身)の基地「アガナ飛行場」とした。1949年にはアメリカ海軍に移管され「アガナ海軍航空基地」となり、1995年まで軍事基地として使用された。
1964年より民間供用が開始され、パンアメリカン航空やコンチネンタル航空、ノースウェスト航空が就航を開始した。1967年にはパンアメリカン航空が東京国際空港との路線を開設した。
最初の本格的な旅客ターミナルは1982年に建てられた。1988年には旅客ターミナルの正式名称を、グアムから初めてアメリカ合衆国下院議員となったアントニオ・B・ウォン・パットにちなんで「Antonio B. Won Pat Guam International Air Terminal」と改称した[5]。1998年には国際線旅客の増加に対応して現在の旅客ターミナルが新設された。
旅客ターミナル設備
出入国管理
入国管理はアメリカ国土安全保障省税関・国境警備局(CBP)が行い、通関はグアム政府の税関・検疫所が行っている。また出国時のセキュリティ・チェックはアメリカ国土安全保障省の運輸保安庁が行っている。
日本国籍を含む十数カ国の国籍保持者は、入国する際に「グアム-北マリアナ諸島連邦ビザ免除プログラム」[7]という当該地域専用ビザ免除プログラムも利用することができる。これは通常アメリカ合衆国の州へ入国時に義務付けられている電子渡航認証システム(ESTA)を申請することなく、入国できる制度である(ただしグアム・北マリアナ諸島のみの滞在に限る)[8]。
上記の通り、アメリカ本土とは異なる入国管理を実施していることから、ホノルルへの直行便(2023年現在、ユナイテッド航空のみ)は、搭乗に際してCBPによる再度の入国審査を受けることになり、専用の入国審査台、搭乗口が設置されている。
就航航空会社と就航地
旅客
| 航空会社 | 就航地 |
|---|---|
| チューク、ホノルル、コロール、コスラエ、クェゼリン、マジュロ、マニラ、東京/羽田、東京/成田、大阪/関西、名古屋/中部、台北/桃園、ポンペイ、サイパン、ヤップ | |
| 東京/成田 | |
| ソウル/仁川 季節運航 : 釜山[9] | |
| ソウル/仁川、釜山 | |
| ソウル/仁川、大阪/関西、大邱(大阪/関西経由) | |
| ソウル/仁川 | |
| 釜山 | |
| 季節運航 : 台北/桃園 | |
| 季節運航 : 台北/桃園 | |
| マニラ、セブ(2025年12月16日より運航開始予定)[10] | |
| ロタ |
貨物
運休・廃止路線
| 航空会社 | 就航地 |
|---|---|
| 東京/成田、大阪/関西、名古屋/小牧 | |
(エアージャパンに運航委託) | 東京/成田 |
(一部、コンチネンタル・ミクロネシアより路線を引き継ぐ) | 札幌/新千歳、仙台、新潟、名古屋/小牧、岡山、広島、福岡[14]、那覇、ケアンズ、シカゴ/オヘア |
| ロタ、サイパン | |
| 東京/成田、大阪/関西、名古屋/中部、名古屋/小牧 | |
(ノースウエスト航空より引き継ぐ) | 東京/成田、大阪/関西、名古屋/中部 |
| 台北/桃園 | |
| 台北/桃園 | |
| 台北/桃園 | |
| 済州(大阪/関西経由)、大阪/関西 | |
| ソウル/仁川 | |
| マニラ |
訓練
交通
事故
1997年8月6日深夜、ソウル・金浦国際空港発、グアム国際空港行きの大韓航空801便(ボーイング747-300)が、空港西側のミニッツヒルの丘に墜落。乗員乗客237人の内228人が死亡する大惨事となった。