RE雨宮
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有限会社RE雨宮自動車(アールイーあめみやじどうしゃ)は、千葉県富里市にあるチューニングショップである。代表は雨宮 勇美(あめみや いさみ、1946年3月3日 - )。
概要
チューニングショップとしての活動

古くはシャンテやファミリアなどの車体に12Aや13Bのロータリーエンジンを移植した車両を製作するなど、改造車に関する法規が現在よりも厳格だった時期から活動している。同時に、改造車検にいち早く取り組んだショップのひとつでもあり、自社コンプリート車両の「GReddy」(グレッディ)シリーズは、ほとんどの車を車検に通すことに成功している[注釈 2]。
レース活動以外のチューニングカーとしての走行実績においては、現時点において、ビデオオプション企画、筑波スーパーラップの以下の3つのレコードを保持している。
また、ビデオゲームのグランツーリスモシリーズに雨宮μ過給圧上昇7が収録されている[1]。
GReddyシリーズ ほか著名な作製車両
GReddyシリーズは1989年から2003年に発表されたワンオフのカスタムコンプリートカーシリーズ。名称の「GReddy」は、チューニングパーツメーカーのトラストのブランド名に由来し、同社との良好な協力関係のもと、雨宮勇美が「自ら乗りたい、ポルシェやフェラーリ、ランボルギーニ・カウンタックに負けない存在感を持つ国産車」を具現化したものであった。
- GReddy I (1989年):JSS(ジャパン・スーパースポーツ・セダン)のワイドボディキットをストリート用にモディファイしたFC3Sベースのシリーズ第1弾。東京オートサロン・コンプリートカー部門優秀賞を受賞[2]。
- GReddy II (1990年):ポルシェ928のデザインにインスパイアされ、空力を意識したラウンド形状を採用。実用性を考慮しワイド幅を50mmに抑えた。ホワイトのカラーリングが特徴[3]。
- GReddy III (1991年):北米仕様の左ハンドルFC3Sをベースに、フェラーリ・テスタロッサに対抗する全幅2,000mmのワイドボディ、ガルウィング化、ポルシェ928ルックの顔面。3ローター(20B)にTD06-19Cツインターボを搭載し、450〜480psを発揮する[4][5]。ロックバンド「CRAZE」のドラマー、菊地哲が愛車にしていた。
- GReddy IV (1993年):GReddy IIIのオープンモデル、通常ライト版[3]。オリジナルは緑の内装外装だったが2026年東京オートサロンでは外装を赤でレストアされ再お目見えした[6]。
- GReddy V (1995年):FD3Sをベースとした初のGReddy。ジャガー・XJR-15を彷彿とさせるフロントマスクに、油圧シリンダー駆動による電動ガルウイングドアを装備。東京オートサロン・ドレスアップカー部門グランプリを受賞[4]。
- GReddy VI (1996年):1996年 Tokyo Auto Salon(赤い初出展バージョン、後2001年に白で再登場)。軽自動車マツダ・オートザムAZ-1のキャビン部をベースにワイドボディ化、モノコック以外の前後をパイプフレーム化。前後の足回りはポルシェのCカー(962C)から移植された。ミッドシップ20B 3ローター+T88タービンは550psを発生し、外装はマクラーレン・F1とヤマハ・OX99-11、マツダ・717Cを想起させるデザインで作製された[4][7]。
- GReddy VII (1997年):FC3Sをベースに4WD化した異色作。2021年現在は海外へ渡っている。
- GReddy VIII (1999年):FD3Sベースのオープン化。
- GReddy IX (2002年):FD3Sをベースに、より洗練されたスポーツ性能を追求。
- GReddy Final (2003年):FD3Sベースのシリーズ最終作。「AC037」ボディキットによるポルシェ風のエクステリアに、製品版の電動ガルウイングを搭載。
その他、著名な車両
- SUPER G CRAZE-7 (1998年):ロックバンド「CRAZE」のギタリスト、瀧川一郎の愛車。ボディカラーは「瀧川一郎パープル」で塗装され、雑誌OPTION2表紙掲載、東京オートサロン1998にも出展された。2018年にはレプリカも左ハンドル車ベースで、電動シザードア、巨大化されたブリスターフェンダー等アレンジして製作された[8]ほか、同車両をモチーフにしたファンのFD3Sは散見される。
- 風林火山号:解体寸前のFC3Sをベースに、レーシングドライバー山路慎一と共に「筑波最速のFC」を目指して開発。13Bペリフェラルポート仕様で筑波58秒890を記録し、旧世代車両の可能性を証明した。
- 幻気 SGC-7 (FD3S):東京オートサロン2011に出展。空力を追求した流れるようなフォルムと、派手なボンネットデザインが特徴。エンジンにはRE雨宮のオーバーホール済みショートエンジンを搭載している[10]。
- 風林火山 with SGC-VII:ウェストフィールド・スーパー7をベースに、F1のような外観へとカスタマイズされた異色作。後輪の90%を覆うパーツが特徴で、東京オートサロン2010でチューニング部門最優秀賞を受賞した[10]。
- 雨宮ロータス ヨーロッパ20B:ロータス・ヨーロッパに3ローターの20Bエンジンを搭載。車重610kgという超軽量ボディを極低車高に設定した、プロトタイプ然とした仕上がりの1台[10]。
- 雨宮スーパーロードスター RENESIS 13B:NC型ロードスターにRX-8用の13B-MSP(RENESIS)エンジンを換装。柔らかな曲線を持つリア周りの造形が特徴で、東京オートサロン2015に出展された[10]。
- 雨宮スーパーシャンテ13B:軽自動車のシャンテに、280psまで高められた13Bエンジンを搭載。ボディ補強も徹底され、コンパクトな車体に圧倒的な加速力を秘めたマシンとして2016年のオートサロンに出展された[10]。
- X-RESPONSE 7 (FD3S):新幹線E956形(ALFA-X)から着想を得た、空力特性に優れる「X-RESPONSE FULL AERO BODY KIT」を装着。最大出力500psを誇り、東京オートサロン2018に出展された[10]。
レース活動
全日本GT選手権・SUPER GT

全日本GT選手権(JGTC)とその後身であるSUPER GTには、1995年から2010年にかけて参戦していた。マツダからは部品供給を含めて公式なサポートは受けておらず、完全なプライベートチームの形態を取っている。そのためレースで使用するエンジンを解体屋から調達するなど、他のチームではあまり見られない苦労も多かったという[11][12]。単にハイパワーを指向するだけでなく、ボディの補強やサスペンションのセッティングなど、操縦性が良好でバランスに優れ、安定した戦闘力を持つ車両の製作を得意とする。過酷なコンディションで知られるセパンサーキット(マレーシア)でのレースは、2010年までに出場した9戦中5勝(うちシリーズでは4勝、オールスター1勝)という結果を残しており、「セパンマイスター」の異名を持つ。
1995年よりFD型RX-7でGT300クラスへの参戦を開始する。当初は市販車と同一の2ローターの13B型エンジンを搭載していたが、ペリフェラルポート式の自然吸気エンジンで、実質的にはジャパン・スーパースポーツ・セダンレース(JSS)などで使用されていたエンジンと同形式であった。リストリクターの装着は免除されていたが、最高出力は300 PS程度でトルクも細く、大幅な出力向上も見込めないことから、1997年からは3ローターの20B型エンジン(ユーノス・コスモに搭載)に変更された。ボディのカラーリングは当初青とピンク(ブルピン)であったが、1998年にマツモトキヨシがメインスポンサーになると黄色一色に変更され、2001年からスポンサーに田辺製薬(アスパラドリンク、現:田辺三菱製薬)が加わるとさらに青が追加された。
2006年は前年度のGT300クラスチャンピオンドライバーの山野哲也を迎え、井入宏之とのコンビとなった。第4戦のセパンを勝利。最終戦で6位以上に入ることがチャンピオン獲得の最低条件であった。ファイナルラップでは7位を走行していたが、トップを走行していた車がガス欠でリタイアしたために6位に浮上。チャンピオン争いをしていたムーンクラフト・紫電がファイナルラップで抜かれてノーポイントに終わった。これによりシリーズポイントが同点。シリーズを通じて2位の数が多かった雨宮が上位となりチャンピオンを獲得。山野は3年連続のドライバーズチャンピオンとなった。
2007年は田辺製薬の合併により、メインスポンサーを喪失した。この影響で極度の資金不足に陥り、マシンも2006年型をほぼ無改良で投入せざるを得ず、非常に苦しい戦いを強いられ、総合ランキング14位と過去最低の成績で終えた。ドライバーは山野に代わって折目遼が新たに加入し、最終参戦年までドライバーを務めた。
2008年はメインスポンサーに小倉クラッチを迎え、ドライバーも2007年と同じ布陣で挑むことが早い段階で決定した。スポンサーの変更により、車体カラーはそれまでの黄色基調からシルバー基調に変更された。なお、マシンは新規定でセダンボディに対してかなりの優遇措置が受けられることと、エンジン搭載位置をミッドシップにすることも可能になったため、新たにRX-8の投入も噂されていたが、そのまま従来のFD型RX-7で参戦した。開幕戦鈴鹿は2位スタートから終盤、トップ走行のムーンクラフト・紫電と接戦の末に優勝を果たした。最終的に2008年シリーズは総合ランキング7位の成績で終えた。
2009年はマレーシアの自動車販売店であるMUTIARA MOTORSがメインスポンサーにつき、車体カラーも白地に緑の昇り竜を入れたデザインに変更された。ドライバーは井入に代わって谷口信輝が復帰した。これら体制的に恵まれたことで、開幕から4戦連続表彰台に上がりポイントリーダーになるが、中盤やや失速し、第7戦富士では決勝前フリー走行におけるエンジントラブルで決勝を走ることなくレースを終えた。第8戦オートポリスで2位になり、7ポイント差で最終戦のチャンピオン争いに残るものの、決勝フリー走行で再びエンジントラブルに見舞われる。懸命な作業でエンジンを載せ替え本戦に出走するも2位で終わり、最終的にシリーズ総合クラス2位の成績で終えた。なお、この年は「燃費で劣るがコーナリング特性に優れタイヤの負担が軽い」というRX-7の特質を活かしたタイヤ無交換作戦を何度か実行しており、以降は他のチームでもこの作戦が試行されている。
2010年も昨年とほぼ同様の体制で出走。開幕戦鈴鹿、第4戦セパンで優勝し、昨年同様最終戦までチャンピオン争いに絡み続けたが、シリーズ総合クラス3位でシーズンを終えた。
2011年2月13日、レース活動からの撤退を発表し[13]、SUPER GTへの参戦を終了した。
- 1995年 - シリーズ総合クラス第2位(2ローター13B)
- 1996年 - シリーズ総合クラス第4位(2ローター13B)
- 1997年 - シリーズ総合クラス第4位(3ローター・20BRE)
- 1998年 - シリーズ総合クラス第4位(3ローター・20BRE)
- 1999年 - シリーズ総合クラス第4位(3ローター・20BRE)
- 2000年 - シリーズ総合クラス第4位(3ローター・20BRE)
- 2001年 - シリーズ総合クラス第2位(3ローター・20BRE)
- 2002年 - シリーズ総合クラス第10位(3ローター・20BRE)
- 2003年 - シリーズ総合クラス第13位
- 2004年 - シリーズ総合クラス第4位
- 2005年 - シリーズ総合クラス第9位
- 2006年 - シリーズ総合クラス第1位
- 2007年 - シリーズ総合クラス第14位
- 2008年 - シリーズ総合クラス第7位
- 2009年 - シリーズ総合クラス第2位
- 2010年 - シリーズ総合クラス第3位
全日本プロドリフト選手権
全日本プロドリフト選手権 (D1GP) には2004年からFD型RX-7で参戦している。
参戦初年度の2004年は、経験のないドリフト車両の製作に対するノウハウが少なく、車両特性に難があり目立った結果は残せなかった。しかし、2005年からは専属ドライバーの末永正雄の意見を取り入れ、足回りやボディ補強など、操縦性を重視して製作した車両のセッティングが煮詰まってきたことで安定した成績を残すようになり、同年度には富士スピードウェイでの第6戦で初優勝、シリーズ総合2位の成績を残した。その後も2007年・2008年に2年連続総合3位でシーズンを終えるなど、しばしば好成績を残している。
2011年からはマシンをRX-8に変更した。
2014年の第2戦鈴鹿で再びFD型RX-7を投入。エンジンは3ローターの20B型に換装されている。同年はシリーズ総合2位の成績を残した。
2016年からは新たに松井有紀夫がドライバーとして所属している。
2018年はシーズン途中でエンジンを3ローターから4ローターに変更。2019年にはシリーズ総合2位となった。2020年シーズンの仕様では最高出力800 PS以上を発生している[14]。
- 2004年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RE雨宮レーシングD1RX-7 2004
- シリーズ総合第17位
- 2005年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RE雨宮レーシングD1RX-7 2005
- シリーズ総合第2位
- 2006年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RE雨宮レーシングD1(2号機) RX-7 2006
- シリーズ総合第8位
- 2007年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RE雨宮レーシングD1-7(2号機) RX-7
- シリーズ総合第3位
- 2008年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RE雨宮レーシングD1-7(3号機) RX-7
- シリーズ総合第3位
- 2009年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - M7 RE雨宮レーシングD1-7(3号機) RX-7
- シリーズ総合第4位
- 2010年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - M7 RE雨宮 SGC with TOYOTIRES(3号機) RX-7
- シリーズ総合第3位
- 2011年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - M7 RE雨宮SGC with TOYOTIRES RX-8
- シリーズ総合第9位
- 2012年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RX-8
- シリーズ総合第9位
- 2013年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RX-8
- シリーズ総合第11位
- 2014年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RX-8(第1戦のみ)→RX-7(第2戦以降)
- シリーズ総合第2位
- 2015年
- ドライバー - 末永正雄
- 車両 - RX-7
- シリーズ総合第20位
- 2016年
- ドライバー - 松井有紀夫
- 車両 - RX-7
- シリーズ総合第15位
- 2017年
- ドライバー - 松井有紀夫
- 車両 - RX-7
- シリーズ総合第7位
- 2018年
- ドライバー - 松井有紀夫
- 車両 - RX-7
- シリーズ総合第7位
- 2019年
- ドライバー - 松井有紀夫
- 車両 - RX-7
- シリーズ総合第2位
- 2020年
- ドライバー - 松井有紀夫
- 車両 - RX-7
- シリーズ総合第11位