SC-3000
1983年にセガが発売した8bitパソコン
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SC-3000(エスシーサンゼン)は、セガ・エンタープライゼスが発売したゲームパソコン[2]。フォスター電機との共同開発[3]。
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SC-3000 | |
| 開発元 | セガ・エンタープライゼス |
|---|---|
| 種別 | ホビーパソコン |
| 発売日 |
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| メディア | ゲームカートリッジ[1] |
| CPU | NEC μPD780C |
| コントローラ入力 | ケーブル |
| 外部接続 |
プリンター端子 カセットレコーダ端子 |
| オンラインサービス | 非対応 |
| 次世代ハード |
セガ・マークIII セガ・マスターシステム |
| 関連商品 |
SG-1000 SG-1000II SC-3000H オセロマルチビジョン |
日本国内では1983年7月15日[4][6][注 2]にセガが発売し、海外ではOEM販売されていた。メーカー希望小売価格は29,800円。
また、1983年12月に初代機のチクレットキーボードをプラスティックの本格的なキーボードに改良した後継の上位機種である、SC-3000H(メーカー希望小売価格33,800円)を展開した[1][9][10]。
SC-3000のSCは『Sega Computer』の略で、3000は約3万円という価格が由来で桁を1つ減らしたものである[5]。
展開
当時、アーケードゲームメーカーとして一躍名を馳せていたセガ・エンタープライゼスは次代のビジネスとして、NEC「PC-8001」のヒットに端を発したマイコンブームを新しい市場として着目。PC事業部を発足させ、子供が入門機として扱えるホビー志向の強いパソコンの開発をスタートさせた[11]。
開発にはコスト削減に非常なノウハウがあるフォスター電機の助けを借りた。セガ側がガラスエポキシの両面基板を使うと想定していたが、フォスター電機は紙フェノールの片面基板を使うことでコストを削減するなど、安く上げるための技法に、セガ側の担当者は驚いた。出来上がってきた基板は、当時のセガの常識からするとジャンパー線の多数飛んだ異様な見てくれだったが、非常に安価にできるということで、それで進めることにした[12]。
システムプログラムを別売として高価だったROMとRAMを本体から切り離すことによって、前年に発売された他社ゲームパソコンの「ぴゅう太(54,800円)」や「M5(49,800円)」を値段で下回り、同年11月発売のMSXと同等の性能で29,800円という低価格を実現した。また購入する言語によって、メモリ容量や、仕様を選択できるという利点もあり、発売前の受注段階で数万台の売上を計上したという。
しかしSC-3000の開発が終了する頃、任天堂が専用の独自CPUを搭載して「ドンキーコング」をほぼ完全な形で移植できるゲーム専用に特化した新型家庭用マシンの開発情報をキャッチし、当時のセガ社長であった中山隼雄の鶴の一声で急遽、家庭用ゲーム専用機の開発を指示[11]。SC-3000からキーボードやビデオ出力端子、カセット、プリンタ端子などを廃したことにより、ほぼ半額の15,000円という大幅なコストダウンを実現した廉価版SG-1000も同日に発売した[6][13]。なお、任天堂からは上記の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」も同日に発売されている[5][14][13]。
SC-3000は日本国外にも展開され、オーストラリア・ニュージーランドを中心とするオセアニア地域では、オーストラリアではJohn Sands社、ニュージーランドではGRANDSTAND社によってOEM販売され、当時は低価格帯のパソコン市場に競合機が存在しなかったこともあって、市場をほぼ独占する成功をおさめた。日本同様テープ版ソフトやスーパーコントロール・ステーションが発売されたほか、日本未発売のライトペンや3インチディスクのパッケージソフトも発売された。ニュージーランドではSC-3000専門誌「SEGA Computer」も刊行されていた。この人気は、Amstrad CPCがオセアニアに上陸する1986年頃まで続いた。
フランスではYEN-O社によってOEM販売されていたほか、スペイン、イタリアでもOEM販売された。販売台数は欧州だけで初年度で十数万台と「初年度で国内外合わせて20万台」というセガの見込みを超える成功を収めたが、セールスではゲームソフトを遊ぶ事だけに特化したSG-1000の方が圧倒的に売れ行きが良かったことから、以後は家庭用ゲーム専用機の開発へとシフトしていった[15]。
ハードウェア
仕様

- CPU:NEC μPD780C (Z80A互換)(クロック周波数3.58MHz)
- VDP:TMS9918A
- RAM:2KB[2]
- BASIC-LEVEL II A:515Byte
- BASIC-LEVEL II B:3KB(実利用フリーエリアは2KB)
- BASIC-LEVEL III A:16KB(実利用フリーエリアは11KB)
- BASIC-LEVEL III B:32KB(実利用フリーエリアは26KB)
- ホームベーシック:16KB(実利用フリーエリアは11KB)
- VRAM:16KB[2]
- サウンド機能:SN76489(PSGと機能はほぼ等価。ハードウェアによるエンベロープが無い反面、ノイズの出力をトーン出力と独立して制御可能になっている。)
- インターフェイス
- サイズ:幅353mm、奥行210mm、高さ46mm[2]
- 重さ:約1.1Kg[2]
周辺機器
オプションとして、データレコーダSR-1000[1](9,800円)が発売されており、入出力を音でモニタできるほか、音声の入出力の信号に伴い、読み込み終了時にはモーターが停止、書き込み時には自動的にモーターが動作するようになっている。これらの実装に伴い、予約語としては用意されているMOTOR命令や、実際のREMOTE端子はハードウェア的に省略されているが、BASIC内部では、制御が行われている。
また、水性ボールペンタイプの4色カラープロッタープリンタSP-400[1](39,800円)も発売されている。テキストモードとグラフィックモードの切り替えが可能で、ペンアップ、カラー指定、スケール指定など13種類のコマンドが用意され、コマンド実行によって機能設定ができる。
1984年8月には3インチコンパクトフロッピーディスクドライブ・64KBの拡張RAM・8KBの拡張ROM・プリンターポート・シリアルポートを搭載した拡張ユニット、スーパーコントロール・ステーションSF-7000[1](79,800円)も発売されていた。カートリッジの端子に接続し、ディスクから、起動することが可能になっている。フロッピーへの入出力に対応したF-BASICが添付された。
オプションとして、ジョイスティック(2本)が4,000円で提供された[2]。
ソフトウェア
SC-3000に対応したソフトウェアの供給は主にカートリッジ媒体によって行われ、ゲームソフト、BASIC、学習用ソフトなどが供給された[2][7]。
BASICカートリッジを装着することで、当時一般的だったBASIC言語によるプログラミングをすることができ、レベルII・レベルIII・ホームベーシックのように、RAMサイズ・命令・数値計算の精度が異なる複数のバリエーションが用意されていた(レベルIIのBASICカートリッジは5,800円、レベルIIIは9,800円[2])。レベルIIではSC-3000用のレベルIIAとSG-1000/SG-1000II対応のレベルIIBとがあった。なおレベルII、レベルIIIとも予約語が少なく、M5のBASIC-Gや、MSX-BASICの方が、BASICとしては高機能だった。
後に登場したホームベーシックは、扱う数値が整数型になったために算術関数関連の命令が大幅に削除された。反面、処理速度が向上しPLAYステートメントが追加されたことで音楽演奏は容易となりスプライト衝突割り込み命令も追加されてよりゲーム作成が行いやすくなった。またメニューから呼び出せるサンプルゲームやスプライトエディタが搭載されており、言語のみではなく、単体で使えるユーティリティーを内蔵しているところは、翌1984年6月に発売されたファミリーコンピュータのファミリーベーシックも同様である。
派生機種

SC-3000Hや本機のアーケード版とも言える「パソコン学習机」も存在する。パソコン学習机は筐体に内蔵されたBASIC・各種ゲームカートリッジをコイン投入後、一定時間利用できる。
1983年5月25日に東京流通センターで開催された『マイクロコンピュータショウ'83』では、ハードキーボードのSC-5000が発売予定として展示されており[17]、電波新聞ではPC-8001と同等の機能でCPUは16ビットも検討して9月に出荷予定と報じられたが[18]、後のSC-3000Hと考えられている[3]。ただしキーボード配列がSC-3000Hと異なり、SC-3000にあるいくつかのキーが欠けていて、SC-3000にはない「CAN」キーがあるなどの相違がある。
関連項目
- とんねるず - テレビCMなどでSC-3000のイメージキャラクターを務める[13]。
- 斉藤ゆう子 - テレビCMなどでSG-1000のイメージキャラクターを務める。
- マイコンBASICマガジン - SC-3000用投稿プログラムが長期間掲載されていた。
- パソコントラベル君ならどうする - セガのスポンサー・制作協力番組、回答者の端末として使用された。