SHI-SHONEN
From Wikipedia, the free encyclopedia
来歴
戸田誠司が中央大学在学中に、渡辺等、友田真吾らと、音楽ユニット「極東通信(きょくとうつうしん)」を結成。シンセサイザーを用いた多重録音テープコンテストに多数入賞する。福原まり[3]が1981年秋に参加し「Shi-Shonen」と改名。
日本コロムビアのディレクター・三野明洋に見出され、1983年2月21日に日本コロムビア内のレーベル「Shan-Shan」より、シングル『嗚呼上々』、12インチシングル『Shi-Shonen』の同時発売でメジャー・デビュー。芸能事務所アミューズに所属し、テレビの音楽番組『アップルシティ500』などにも出演していた。
1984年のシングル曲「憧れのヒコーキ時代」は、日立製作所のミニコンポ「Lo-D Wing W55」のCMソングに起用され、メンバー4人がCMに出演している。
1985年には、テイチク内で細野晴臣が立ち上げた「ノン・スタンダード」レーベルへ移籍し、同年5月にファーストアルバム『Singing Circuit』、12月に12インチシングル『Do Do Do』をリリースした。
翌1986年2月の草月ホールでのライブを最後に渡辺と友田が脱退。同年7月に戸田と福原の2人ユニットとして、最後のアルバム『2001年の恋人達』を発表した。
その後は中心的メンバーであった福原まりが脱退するなどメンバーの入れ替わりが激しくなり、また「ノン・スタンダード」レーベルの制作活動も停滞したためリリースもないまま、1987年秋に活動を停止した。
メンバー
※解散後の個々の活動は各メンバーの個人ページを参照のこと。
過去に在籍したメンバー
| プロフィール | 担当 | 備考 | |
|---|---|---|---|
| 福原まり[3] (ふくはら まり)[注釈 2] |
東京都出身[4] | ボーカル、ピアノ、シンセサイザー | 戸田誠司とともに、Shi-Shonenの中心メンバーとして活動。 「Shi-Shonen」名義の全シングル・アルバムに参加。 最後のアルバム『2001年の恋人達』リリース後、塚田らと「10 (TEN) 」を結成するため脱退。 |
| 塚田嗣人[5] (つかだ つぐひと) |
東京都出身[注釈 3] | ギター | 最後のアルバム『2001年の恋人達』リリース後に加入したため、シングル・アルバム制作には参加していない。 参加後間もなく、福原とともに「10 (TEN) 」を結成するため脱退。 |
| 渡辺等 (わたなべ ひとし) |
1960年7月30日(65歳) [注釈 4] |
ボーカル、ベース、ストリングス | 1986年2月に脱退。 |
| 友田真吾 (ともだ しんご)[注釈 5] |
1959年12月4日(66歳) 東京都出身 |
ドラムス | 1986年2月に脱退。 |
ディスコグラフィー
シングル
12インチシングル
アルバム
オリジナルアルバム
| 発売日 | タイトル | 収録曲 | 規格 | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|---|
| テイチク / NON-STANDARD | |||||
| 1st | 1985年5月21日 | Singing Circuit[11] |
|
LP CT CD |
25NS-4 N25S-4 30CH-97 |
| 2nd | 1986年7月21日 2025年7月27日 |
2001年の恋人達[12] 2007年の恋人達[13] |
2001年の恋人達
2007年の恋人達
|
LP CT CD |
28NS-12 N28S-12 30CH-182 |
コンピレーションアルバム
『Do3』は、アナログ盤12インチシングル『Do Do Do』に、シングル『憧れのヒコーキ時代』収録の2曲、ライブバージョン2曲をボーナストラックとして追加したCD再発盤[14]。