サプフィル-21
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設計
ソ連では1957年よりMiG-21戦闘機へのレーダー搭載について検討しており、1958年8月には空力試験機としてのYe-7/1号機、また1960年1月18日にはレーダー搭載のYe-7/2号機が初飛行し、1962年からはこれをもとにした実用機であるMiG-21PFの生産が開始された[1]。そして同機で搭載されたのがサプフィル-21であった[1]。
サプフィル-21は、第339試作工場のボルコフが率いるチームによって開発された[1]。工場側の名称はTsD-30T、仮制式名はRP-9-21と称されており[注 1]、採用にあたりRP-21の制式名称が付された[1][2][4]。動作周波数はKuバンド(12.88-13.2 GHz)で、レーダー反射断面積(RCS)16平方メートルの目標を20 kmの距離で捕捉し、10 kmで追尾を開始することができるとされている[2]。アンテナはカセグレン方式で[2]、MiG-21の小さなショックコーンに収容する必要から、作動範囲は左右にそれぞれ30度、上下にそれぞれ10度と限定されている[1]。
1964年より生産を開始したMiG-21PFMでは指令誘導に対応した改良型のRP-21Mが搭載されて、RS-2U (K-5M) 空対空ミサイルやKh-23空対地ミサイルの運用も可能になった[1]。また1965年より生産を開始したMiG-21Sで搭載された能力向上型にはRP-22の制式名称が付され[5]、NATOコードネームは「ジェイ・バード」とされた[2]。RCS 16平方メートルの目標を30 kmの距離で探知し、15 kmで追尾を開始することができるとされている[2]。
MiG-21PFと-21PFMの中間的な輸出モデルとして開発された-21FLでは、簡易型のR-2L(NATOコードネーム「スピン・スキャン」)が搭載された[1][2]。またMiG-21Sの系譜に属する輸出モデルであるMiG-21Mでは、レーダーはRP-22よりも旧式のRP-21MAが搭載されて、やはりダウングレードが図られた[5]。ただし輸出モデルでも、MiG-21MFではRP-22の搭載が解禁されている[5]。
サブタイプと搭載機
- RP-21
- MiG-21PF
- RP-21M
- MiG-21PFM
- RP-21MA
- MiG-21M
- RP-22
- MiG-21S
- MiG-21SM
- MiG-21MF
- MiG-21SMT
- MiG-21bis
- MiG-23S