かりんとう

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かりんとうかりん糖)は、小麦粉砂糖イースト食塩重曹などと共に練り合わせて棒状に成形した生地を、植物油で揚げ、砂糖で作ったをからめて乾燥させた揚げ菓子。漢字では「花林糖」の字が当てられる[1][2]和菓子の一種であり[1]、また駄菓子の一種である[2]膨化食品の一種でもある。

エネルギー 477 kcal (2,000 kJ)
糖類 69.6g
概要 100 gあたりの栄養価, エネルギー ...
かりんとう
100 gあたりの栄養価
エネルギー 477 kcal (2,000 kJ)
71.1g
糖類 69.6g
食物繊維 1.5g
19.3g
5.5g
%はアメリカ合衆国における
成人栄養摂取目標 (RDI) の割合。
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黒糖を使用した黒かりんとうと精製糖を使用した白かりんとうがある[3]。かりんとうの販売量の6割以上は黒糖を使ったものとなっている[3]。一方、白かりんとうは素材の味を出すことができるため様々な商品がある[3]

なお、高知県などでは芋ケンピを「芋花林糖(芋かりんとう)」と呼んでいる[4]芋ケンピ参照)。

歴史

駄菓子には由来などが判然としないものが多く、かりんとうが挙げられることがある[3]。まず唐菓子を起源とする説があり[3]奈良時代遣唐使によってもたらされた唐菓子(油で揚げた索餅もしくは糫餅)であり[5]古代上流階級に「捻頭(むぎかた)」の名で親しまれ、食された[5] とする。

一方、金平糖などとともに南蛮菓子とみる説もある[2]スペインにはペスティーニョスペイン語版と呼ばれる、かりん糖そっくりの菓子がある[要出典]。兵庫県姫路地方のかりんとうは、姫路藩河合寸翁による経済振興策の一環として、長崎に菓子職人を派遣してヨーロッパの製菓技術を学んだ事によって誕生した[6] と言われている。

江戸時代には関東にも広まり、天保年間には、江戸深川の山口屋吉兵衛が「花りんとう」の名で売り出して一気に評判を呼び、一時の江戸には200人の売り子が出た[5] と言われる。

1875年(明治8年)、浅草仲見世の飯田屋が小麦粉を練って揚げたものに黒糖をまぶした商品を販売して好評となり、下町一帯から日本全国に広がったとされる[3]

かりんとうについては、親会社からの厳しい要求を受けていたメーカーがこれに対抗するため1966年(昭和41年)に製造特許を取得したが、結局は特許権を同業者からなる組合に譲渡することに落ち着き、1980年(昭和55年)に特許権が消滅するまで全国油菓工業協同組合が保持していた[3]

1997年(平成9年)に東京駅のグランスタに「かりんとう専門店―錦豊林」が出店したことをきっかけに「かりんとうブーム」が起きた[3]。この頃から「かりんとう饅頭」「かりんとうドーナツ」「かりんとう煎餅」など黒糖を使った菓子類にも「かりんとう」の名を冠して発売される例がみられるようになった[3]

名称

名称の由来については次の説がある。

  • 形状が「かりん」の熟した実に似ているからという説[3]
  • カリカリという食べたときの音に由来するという説[3]

自家製のかりんとう

市販品のほかに家庭でも、食パンの耳を油で揚げ、砂糖や蜂蜜の汁に絡めて作るかりんとうがある[7]。食感は、どちらかというとラスクに近い[8]サンドイッチを作る際などに食パンから切り落とした耳を再利用できることから[7]、節約メニュー[8]、幼稚園児の弁当の裏技としても薦められている[9]昭和初期生まれの人々には、子供の頃の思い出のおやつとして、このパンの耳のかりんとうを挙げる人も多い[10]

ギャラリー

脚注

関連項目

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