かりんとう
和菓子
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歴史
駄菓子には由来などが判然としないものが多く、かりんとうが挙げられることがある[3]。まず唐菓子を起源とする説があり[3]、奈良時代、遣唐使によってもたらされた唐菓子(油で揚げた索餅もしくは糫餅)であり[5]、古代の上流階級に「捻頭(むぎかた)」の名で親しまれ、食された[5] とする。
一方、金平糖などとともに南蛮菓子とみる説もある[2]。スペインにはペスティーニョと呼ばれる、かりん糖そっくりの菓子がある[要出典]。兵庫県姫路地方のかりんとうは、姫路藩の河合寸翁による経済振興策の一環として、長崎に菓子職人を派遣してヨーロッパの製菓技術を学んだ事によって誕生した[6] と言われている。
江戸時代には関東にも広まり、天保年間には、江戸深川の山口屋吉兵衛が「花りんとう」の名で売り出して一気に評判を呼び、一時の江戸には200人の売り子が出た[5] と言われる。
1875年(明治8年)、浅草仲見世の飯田屋が小麦粉を練って揚げたものに黒糖をまぶした商品を販売して好評となり、下町一帯から日本全国に広がったとされる[3]。
かりんとうについては、親会社からの厳しい要求を受けていたメーカーがこれに対抗するため1966年(昭和41年)に製造特許を取得したが、結局は特許権を同業者からなる組合に譲渡することに落ち着き、1980年(昭和55年)に特許権が消滅するまで全国油菓工業協同組合が保持していた[3]。
1997年(平成9年)に東京駅のグランスタに「かりんとう専門店―錦豊林」が出店したことをきっかけに「かりんとうブーム」が起きた[3]。この頃から「かりんとう饅頭」「かりんとうドーナツ」「かりんとう煎餅」など黒糖を使った菓子類にも「かりんとう」の名を冠して発売される例がみられるようになった[3]。