アニャナ
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アニャナ(スペイン語: Añana)は、スペイン・バスク州アラバ県のムニシピオ(基礎自治体)。クアドリーリャ・デ・アニャナ郡の中心地である。アラバ県の県都ビトリア=ガステイスからの距離は30km。
1997年までの自治体の公式名はサリーナス・デ・アニャナ(Salinas de Añana)。サリーナス・デ・アニャナ地区とアティエガ地区の2地区からなる。サリーナス・デ・アニャナ地区は塩田で知られており、かつていったんは放棄されたものの、近年になって復元されている。一帯の塩田はアルテミア属のArtemia parthenogeneticaの生息地で、2002年にアレオ湖と共にラムサール条約登録地となった[2]。
名称
歴史

中世
2億年以上前のこの地域は海であり、地殻変動によって陸地となり、塩分を含む地層が形成された[3]。新石器時代から製塩業が行われていた[4]。12世紀には120ヘクタールの傾斜丘陵地を切り開いて、木製の塩田「塩の谷」が築かれた[5]。中世のアニャナは製塩所として繁栄し、1126年にはアラゴン王アルフォンソ1世によって町が設立された。1140年にはレオン王アルフォンソ7世によってフエロ(特権)が与えられており、アニャナはアラバ地方でもっとも古い町とされる。
現代
20世紀半ば以降には塩田が放棄され、一度は廃墟となった[3]。しかし、1984年6月17日には「塩の谷」が重要文化財に指定されるなど、民俗的価値や観光的価値が認められて修復が進んでいる。2013年には69トンのミネラル塩と13トンのソルトフラワーを生産[6]。売上は30万ユーロを超え、前年比で約40%増加した[6]。17か国に輸出され、輸出額は全体の25%を占めた[6]。収益はすべて渓谷の復旧と保全に宛てられる[6]。2014年の第38回世界遺産委員会では「バリェ・サラド・デ・アニャナの文化的景観」が審議対象となったが、完全性と真正性が十分に認められないとされ、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)によって不登録が勧告され、審議前に推薦が取り下げられた[4]。
地理
政治
| 政党 | 2015[11] | 2011[12] | 2007[13] | 2003[14] | 1999[15] | 1995[16] | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 得票率 | 議席 | 得票率 | 議席 | 得票率 | 議席 | 得票率 | 議席 | 得票率 | 議席 | 得票率 | 議席 | |
| バスク民族主義党(EAJ-PNV) | 57.14 | 4 | 68.52 | 4 | 31.43 | 2 | 45.33 | 2 | 54.43 | 4 | 30.00 | 2 |
| アラニャ・アウレラ!(AA) | 38.39 | 1 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
| 国民党(PP) | 0.89 | 0 | - | - | - | - | - | - | 1.27 | 0 | 0.59 | 0 |
| バスク社会党(PSE-EE) | 0.00 | 0 | 5.56 | 0 | 14.29 | 0 | 0.67 | 0 | - | - | - | - |
| エドゥアルド・ロマ・バディーリョ | - | - | 25.93 | 1 | - | - | 17.33 | 0 | - | - | - | - |
| ビルドゥ | - | - | 19.44 | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
| サリナス選挙グループ(AES) | - | - | - | - | 38.57 | 2 | 40.67 | 3 | 24.05 | 1 | - | - |
| バスク民族主義行動(EAE-ANV) | - | - | - | - | 37.14 | 1 | - | - | - | - | - | - |
| アラバ連合(UA) | - | - | - | - | - | - | 1.33 | 0 | 1.09 | 0 | 14.12 | 0 |
| バスク市民(EH) | - | - | - | - | - | - | - | - | 15.19 | 0 | - | - |
| アニャナ無所属者連合(CAK) | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | 50.59 | 3 |
出身者
- フアン・デ・サリーナス・イ・ロヨラ(1492-1582) : 統治者。
- フェルミン・エラン(1852-1908) : ジャーナリスト・著作家・批評家。
