アパブランシャ
前近代インド方言の過渡的な文語(西暦6世紀から13世紀)
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種類
特徴
文献
アパブランシャは6世紀ごろから文学語として使われたようだが、時代のはっきりした現存の文献は8世紀以降のものであり、ほぼすべてが韻文である。
従来の韻文が韻律を主としており、脚韻を踏むものはまれだったのに対し、アパブランシャでは脚韻を踏んでいるところに特徴がある[6]。
ドーハーと呼ばれる2行4句の詩(13-11-13-11拍)はサンスクリットや他のプラークリットで書かれることがほとんどなく、アパブランシャで(後に新インド・アーリア語で)書かれた[7]。
カーリダーサの戯曲『ヴィクラモールヴァシーヤ』の4幕にアパブランシャで書かれた歌が現れるが、後世の追加と考えられる[7]。
アパブランシャ文学は、主にジャイナ教徒によるものが残っている。代表的な作品に
- スヴァヤンブーデーヴァ(9-10世紀ごろ)『パウマチャリウ』(ラーマーヤナを元にした叙事詩)
- ダナヴァーラ(10世紀ごろ)『バヴィサッタ・カハー』(バヴィサッタ王の伝記的な叙事詩)
- プシュパダンタ(10世紀ごろ)『マハープラーナ』(聖人の生涯を描いた叙事詩)
- ハリバドラ(12世紀ごろ)『ネーミナーハ・チャリウ』(ネーミナータの前世物語)
などがある。
8世紀ごろの東部インドの密教徒であるサラハパーダの作と伝える『ドーハー・コーシャ』(Dohākośa)はアパブランシャで書かれている。後期密教のタントラはサンスクリットで書かれているが、しばしばその中にアパブランシャで書かれた詩が現れる。
世俗的な作品にはアブドゥル・ラフマーン『サンデーシャ・ラーサカ (Sandeśarāsaka) 』(12-13世紀ごろ。抒情詩)がある。