スリランカ航空
スリランカのフラッグ・キャリア
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スリランカ航空(シンハラ語: ශ්රීලංකන් ගුවන් සේවය, タミル語: இலங்கை விமானச்சேவை,英語: SriLankan Airlines)は、スリランカの航空会社。
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| 法人番号 | 5700150003702 | |||
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| 設立 | 1979年7月 | |||
| ハブ空港 |
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| 焦点空港 |
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| マイレージサービス | FlySmiLes | |||
| 会員ラウンジ | Serendib Lounge | |||
| 航空連合 |
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| 保有機材数 | 28機 | |||
| 就航地 | 34都市 | |||
| 本拠地 |
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| 代表者 | Lalith Withana (CEO) | |||
| 外部リンク | www.srilankan.com | |||
概要
スリランカのフラッグ・キャリアであり、2018年度(2018年4月-2019年3月)の純利益は57億スリランカ・ルピー[1]。
コロンボのバンダラナイケ国際空港をハブ空港としており、東アジア、東南アジア、南アジア、中東(西アジア)、ヨーロッパなど22カ国37都市(2019年現在)を結んでいる。
インドへは季節便も含めると2017年7月現在で14都市に週126便を運航しており[2]、インドに就航している外国航空会社では最大の運航便数である。 また、モルディブに最多数の直行便を運航する航空会社でもある。
航空券の座席予約システム(CRS)は、アマデウスITグループが運営するアマデウスを利用している[3]。
2019年5月には月間定時到着率90.75%を記録し、FlightStats社の発表する月間定時到着率ランキングの「グローバル航空会社」「主要航空会社」の2部門において1位を獲得した[4]。
イギリスのスカイトラックス社による航空会社の格付けで「ザ・ワールド・スリー・スター・エアラインズ(The World's 3-Star Airlines)」の認定を得ている[5]。
歴史

- 1979年7月 国営航空会社だったエア・セイロン (Air Ceylon) を引き継ぐ形で、シンガポール航空からの支援を受けながらエア・ランカ (Air Lanka) として、コロンボからバンコクへの定期便就航を開始。
- 1983年7月 スリランカ政府とタミル・イーラム解放のトラ (LTTE) によるスリランカ内戦が勃発。内戦は2009年まで続き、以後スリランカ航空も大きな影響を受ける。
- 1998年 エミレーツ航空が43.6%を出資。また、エミレーツ航空とは10年間のストラテジックパートナーシップを結んだ。
- 1999年 スリランカ航空に名称を改称。
- 2001年7月24日 LTTEがコロンボ郊外にあるスリランカ空軍基地とバンダラナイケ国際空港を襲撃し、スリランカ航空のエアバスA340型機(機体記号:4R-ADD)と、エアバスA330型機(機体記号:4R-ALF、4R-ALE)と、エアバスA320型機(機体記号:4R-ABA)が大破炎上した。これらの旅客機には乗客はいなかったため、人的被害はなかったが、スリランカ航空が運用していた航空機12機の大半が使用不能になるという大打撃を受けた(バンダラナイケ国際空港襲撃事件)。
- 2003年12月1日 スリランカとインド両政府による航空交渉で決定した、インドにおける「オープン・スカイ・ポリシー」の実施に伴い、スリランカ航空のデリー、ムンバイ、ティルッチラーッパッリ、バンガロール線などが増便された[6]。
- 2007年5月9日 内戦によるバンダラナイケ国際空港の発着制限に伴い、成田/マレ/コロンボ線を、成田/コロンボ線の直行便に変更して運航[7]。
- 2007年6月23日 インペリアル・マーク審査委員会が、スリランカ航空に賞を授与した。アジア国籍の航空会社では初の受賞となる。
- 2007年9月16日 スリランカ政府によるバンダラナイケ国際空港の夜間発着制限が解除されたことを受け、成田/マレ/コロンボ線の、成田/マレ間直行便の運航を再開[7]。
- 2007年12月21日 オンラインチェックインのサービスを開始[8]。
- 2008年 エミレーツ航空が、同社の所有する全てのスリランカ航空の株式売却を表明した。スリランカ政府がこの株式を買い戻し、同国のナショナル・フラッグ・キャリアとなる。
- 2008年3月31日 エミレーツ航空とのマネージメント契約が終了[9]。
- 2012年6月11日 世界的な航空連合であるワンワールドに、2014年5月1日に正式加盟することで合意した[10][11]。
- 2013年3月18日 スリランカ南部に第2の国際空港となるマッタラ・ラージャパクサ国際空港が開港。バンコク・北京・リヤド路線等を運航開始[12]。
- 2013年6月19日 エアバスA350-900型機(4機)、エアバスA330-300型機(6機)を正式発注した[13]。
- 2013年10月7日 エアバスへの直接発注分であるエアバスA350-900を4機の他に、航空機リース会社インターナショナル・リース・ファイナンス (ILFC) から、エアバスA350-900を追加で3機導入する、12年間のリース契約を締結した[14]。
- 2014年5月1日 ワンワールドへ、同日付けで正式加盟した[15]。これに合わせて、「member of oneworld」塗装をまとったA330-200(機体番号:4R-ALH)もお披露目。
- 2015年1月 大統領選の結果ラージャパクサ政権が退陣。スリランカ航空の経営陣も刷新されるとともに、巨額の赤字が発生していたマッタラ・ラージャパクサ国際空港発着の全路線の廃止を決定[16]。
- 2016年10月、スリランカにおける単一の巨大航空会社設立の試みの一環で、姉妹航空会社のミヒン・ランカを吸収合併、全機材と航路業務を引き継ぎ、10航路を追加した。2016年末までに、フランクフルト、パリ、ローマ航路を廃止した。
- 2017年10月、5年ぶりに新長距離航路としてオーストラリアのメルボルンへの直行便を就航[17]。
就航路線
2025年11月現在、スリランカ航空の就航する都市は以下の通り[21]。
| 国 | 都市 |
|---|---|
| ハブ空港:コロンボ | |
| 北京/首都、上海/浦東、広州 | |
| 東京/成田 | |
| カトマンズ | |
| カラチ、ラホール | |
| ダッカ | |
| ガン島、マレ | |
| チェンナイ、コーチ、ティルヴァナンタプラム、ハイデラバード、マドゥライ、ティルッチラーッパッリ、ムンバイ、デリー、ベンガルール | |
| バンコク/スワンナプーム | |
| ジャカルタ | |
| 仁川 | |
| シンガポール | |
| クアラルンプール | |
| リヤド、ダンマン | |
| ドバイ | |
| クウェート | |
| ドーハ | |
| バーレーン | |
| メルボルン、シドニー | |
| ロンドン/ヒースロー | |
| パリ/シャルル・ド・ゴール | |
| フランクフルト |
日本との関係
日本との歴史
- 1984年7月2日、成田-コロンボ線を運航開始。
- 2011年12月25日から、成田-コロンボ線を週3往復から週4往復に増便[22]。
- モルディブのマレを経由のコロンボ-成田線は、2012年3月までにコロンボ直行便に経路を変更[23]。
- 2012年3月22日から23日にかけて、日本とスリランカの航空当局間協議が東京で開催され、2013年の成田国際空港発着枠27万回化のタイミングで、成田関連路線について日本/スリランカ間輸送のオープンスカイ協定を実現することで合意した。また、関西国際空港と中部国際空港など、首都圏以外の空港については、現在の2国間輸送の自由化に加え、以遠権についても自由化した[24][25]。
- 2014年11月15日から、同社初のエアバスA330-300を成田-コロンボ線に投入し、エアバスA340を置き換える。
- 2018年のスリランカでのテロ事件の発生を受けて、コロンボへの旅客需要が減少したため、2019年7月24日から、成田発便がマレ経由に変更になった[26]。
- 2019年10月29日から、再び、成田-コロンボ直行に変更された。[要出典]
- 2020年4月より、成田-コロンボ線を運休。
- 2021年2月から、成田-コロンボ間を週2便で運航再開。
- 2021年3月15日より、成田-コロンボ線を週2往復から週3往復に増便[27]。
- 2023年7月29日より、成田-コロンボ線を週3往復から週4往復に増便[28]。
- 2024年1月18日より、成田-コロンボ線を週4往復から週5往復に増便[29]。
コードシェア提携航空会社
マイレージサービス
エミレーツ航空と「スカイワーズ」の名称でマイレージサービスを共通化していたが、2008年4月1日より「フライ・スマイルズ」(FlySmiLes)を開始。新プログラムは、利用状況によりゴールド、シルバー、ブルーの3つに分かれ、カテゴリーに応じた特典を提供する。ゴールドとシルバーは、コロンボ・バンダラナヤケ国際空港でのラウンジサービス、優先チェックイン、事前座席指定、空席待ちの優遇特典などが受けられる。なお、既存のスカイワーズ会員は2008年6月30日まで、保有するマイルを同レートで新プログラムに移行可能であった[9]。
日本航空、アメリカン航空、ブリティッシュ・エアウェイズ、キャセイパシフィック航空などのワンワールドメンバーの他、エティハド航空とミヒン・ランカと提携している。
トピック
- 2005年1月24日、スマトラ島沖地震災害から復興する為、スリランカ航空は1月29日から2月末まで「がんばれ!スリランカキャンペーン」を実施した。これは日本発パッケージ・ツアーの参加者の航空運賃分から、1人1万円を被災した小学校の再建に寄付するもので、スリランカン・ケア慈善基金を通じて教科書、ランドセル、制服などを提供する資金に充てられた[32]。
- 2011年2月、国際トラベルケータリング協会 (ITCA) のマーキュリー・アワード2010で、スリランカ・ケータリングが機内食の残り物の廃棄にあたり、熱処理後、廃棄物としてではなく、再利用可能な肥料等にして農家などで利用し、その活動が環境に配慮していると評価され、2部門で表彰された[33]。
- 2012年8月29日、従来の紙のマニュアルから、iPadを利用した「エレクトロニック・フライト・バッグ (EFB)」に切り替えた。2012年10月末までに、約300名のパイロットがiPadを使用する。同社ではiPadの採用で、正確かつ効率的にフライトが可能になるとしている[34]。
- 同社は機材の維持管理が行き届いておらず、また、社員教育のレベルも決して高くないため、大手旅行代理店のHISが公開している口コミ情報では、大多数の日本人利用者から低い評価を得ている[35]。
- 在スリランカ日本国大使館は、成田発コロンボ行きの機内で、複数の盗難や盗難未遂事案が発生していることを明らかにし、頭上の棚に収納する荷物には貴重品を入れないことや、就寝中などに盗難被害に遭う可能性があるとして、注意を怠らないよう呼びかけている[36]。
- 2019年2月19日、スリランカ航空が保有するエアバスA330-200のタイヤがチェンナイ空港着陸時にバーストする事故が発生した。当該機は10時間後にチェンナイ空港を離陸した[37]。
- 2019年4月21日に発生した、スリランカ連続爆破テロ事件で亡くなった日本人女性の遺体とその家族を乗せたスリランカ航空機(ALK454便、A330型機)が4月25日朝、成田国際空港に到着した。空港では青いシートに包まれて花束が手向けられた棺が降ろされ、スリランカ航空の関係者や空港作業員が黙礼して出迎えた[38]。
機材
| 機種 | 運航数 | 発注数 | 定員 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| J | Y | 計 | ||||
| エアバスA320-200 | 7 | - | 16 | 120 | 136 | |
| 12 | 138 | 150 | ||||
| 150 | 162 | |||||
| エアバスA320neo | 2 | - | 12 | 138 | 150 | |
| エアバスA321neo | 4 | - | 12 | 176 | 188 | |
| エアバスA330-200 | 2 | 1 | 18 | 251 | 269 | |
| 252 | 270 | |||||
| エアバスA330-300 | 7 | 1 | 28 | 269 | 297 | |
| エアバスA350-900 | - | 4[41] | 未定 | |||
| 計 | 22 | 6 | ||||
- エアバスA320-200(ワンワールド塗装)
- エアバスA321neo
- エアバスA330-200
- エアバスA330-300
退役機材
- ボーイング707-320 (1979–1990)
- ボーイング737-200 (1979-1995)
- ロッキード L-1011 トライスター (1980-2000)
- ボーイング747-200 (1984-1987)
- ボーイング737-300 (1992-1992)
- エアバスA300B4 (2000-2000)
- エアバスA340-300 (1994-2016)[42][43]
- ボーイング767-300ER (2010-2010)
- エアバスA321-200 (2014-2024)
- エアバスA319-100 (2016-2017)