カメハメハ5世

ハワイ王国第5代国王 From Wikipedia, the free encyclopedia

カメハメハ5世ハワイ語: Kamehameha V, 1830年12月11日 - 1872年12月11日)は、ハワイ王国第5代国王(在位: 1863年11月30日 - 1872年12月11日)。

摂政
全名 Lota Kapuāiwa Kalanimakua Aliʻiōlani Kalanikupuapaʻīkalaninui
ロタ・カプアイワ・カラニマクア・アリイオラニ・カラニクプアパイカラニクイ
概要 カメハメハ5世 Kamehameha V, 在位 ...
カメハメハ5世
Kamehameha V
ハワイ国王
カメハメハ5世(1865年撮影)
在位 1863年11月30日1872年12月11日
摂政

全名 Lota Kapuāiwa Kalanimakua Aliʻiōlani Kalanikupuapaʻīkalaninui
ロタ・カプアイワ・カラニマクア・アリイオラニ・カラニクプアパイカラニクイ
出生 (1830-12-11) 1830年12月11日
ハワイ王国の旗(1816年 - 1845年) ハワイ王国 オアフ島ホノルル
死去 (1872-12-11) 1872年12月11日(42歳没)
ハワイ王国 オアフ島ホノルル
埋葬 1873年1月11日
ハワイ王国 オアフ島ホノルル ハワイ王室霊廟英語版
子女 ケアノラニ英語版(非嫡出子)
家名 カメハメハ家英語版
父親 ケクアナオア英語版
ホアピリ英語版養父
母親 キナウ英語版
ナヒエナエナ養母
カラクア・カヘイヘイマリエ英語版養母
宗教 キリスト教プロテスタントハワイ教会英語版
サイン
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即位前のカメハメハ5世(1850年頃撮影)

略歴

カメハメハ1世の娘キナウ英語版の長男としてホノルルに生まれる。幼少期より欧米各国を訪問し、1849年には、カメハメハ3世の元へ養子に出されていた弟のアレクサンダー・リホリホ(のちのカメハメハ4世)と共にアメリカ合衆国へ渡る。イギリスでは国賓として厚くもてなされたのに対し、アメリカでは冷遇され、ニガーの扱いすら受けたことなどから、親英主義の考えを持つようになった[1]。カメハメハ4世が即位すると、その下で内務長官、財務長官の要職に就いた。

1853年にはフリーメイソンのハワイアン・ロッジNo21に加入した[2]

1863年11月30日、先代カメハメハ4世が29歳という若さで急逝したため、カメハメハ5世として即位する。王権の拡張を志向し、アメリカによって起草された共和主義的な1852年憲法を否定し、1864年8月13日に同憲法の破棄を宣言、8月20日に新しい憲法(1864年憲法)を公布した。この憲法では議会一院制選挙権獲得条件の厳格化が規定された。

1872年12月11日、独身で、世継ぎの無いまま42歳で他界し、カメハメハ王朝は断絶する。後継には議会より選出されたウィリアム・C・ルナリロが王位を継承した。

脚注

参考文献

関連項目

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