ケンプテン (アルゴイ)

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ケンプテン (アルゴイ)(Kempten (Allgäu))はドイツバイエルン州シュヴァーベン行政管区にある郡独立市で、アルゴイ地方の中心地である。人口62,240人(2011年)。ドイツで特に古い歴史を持つ街の一つである。

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紋章 地図
基本情報
連邦州:バイエルン州
行政管区:シュヴァーベン行政管区
郡:郡独立市
緯度経度:北緯47度44分00秒 東経10度19分00秒
標高:海抜 674 m
面積:63.29 km²
人口:

67,645人(2024年12月31日現在) [1]

人口密度:1,069 人/km²
郵便番号:87435, 87437, 87439
市外局番:0831
ナンバープレート:KE
自治体コード:09 7 63 000
行政庁舎の住所:Rathausplatz 29
87435 Kempten (Allgäu)
ウェブサイト:www.kempten.de
首長:トーマス・キーヒレ (Thomas Kiechle)
州内の位置
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歴史

古くはギリシャの地理学者ストラボンが紀元前50年にケルト人の街カンボドゥノン(Kambodunon)として言及している。この時代の遺跡は見つかっていないが、後のローマ帝国時代の遺跡は考古学公園に残る。

紀元前15年にティベリウスらに率いられたローマ軍に征服され破壊された。街はローマ植民都市カンボドゥヌム(Cambodunum)として再建され、ラエティア属州の中心として栄えたが、後にアウクスブルクに取って代わられた。

3世紀に街はアレマン族に破壊され、さらに5世紀にはローマ軍が撤退しアレマン族の街となった。683年にはフランク王国に破壊された。

700年頃、ケンプテン修道院が造られ、フランク王国の庇護を受けた。

13世紀に修道院長は神聖ローマ帝国の領主(修道院長侯)として認められたが、しばらく後に街は帝国自由都市として認められ、同じ街が2つの統治権に分割されることとなった。修道院の教会堂は現在も聖ローレンツ教会として残る。

ナポレオン戦争中に両者はバイエルン王国の支配下に置かれ、1819年正式に統合された。

出身者

引用

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