チチャ
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概要
製法
特徴
チチャモラーダ
チチャとアンデス文明
チチャは、アンデス文明の形成に深く関わる[13]。これには、アンデス文明という文脈におけるチチャの原料、トウモロコシについて理解が必要になる[14][15][16][17]。
- 先コロンブス期
トウモロコシの原産地域であるメソアメリカ以上に、アンデス地域はトウモロコシの種類が多い[要出典]。先コロンブス期において、トウモロコシは非常に付加価値の高い作物であり、酒の原料として重宝されていた。トウモロコシの利用に関しては、形成期の後期に増えたのではないかという可能性が、ペルー北部の遺跡から出土した人骨の窒素・炭素同位体比分析から示唆されている[要出典]。
酒は、トウモロコシのほかマニオクやキヌアなどからも作られ、現在のペルーのトルヒーリョ周辺に栄えたモチェ文化には、神と思われる人物が片手にトウモロコシ、片手にマニオクを持った図像を描いた土器がある[要出典]。この土器は鐙型注口土器と呼ばれる形態をもち、主に酒などを入れた儀礼用の土器と推定される。このように、古い時期からマニオク酒とともに、トウモロコシから作る酒も利用されていた[要検証]。
- ワリ文化(西暦700年頃から900年頃)
ワリ期あるいは中期ホライズンと呼ばれる時代に、トウモロコシ生産は拡大されたと考えられ、現在のペルーに栄えたワリ政体によって、各地にトウモロコシ栽培用のテラスが建造される[要出典]。ワリ文化の土器に見られる図像には、トウモロコシの他、様々な植物が描かれているが、巨大な土器はおそらくトウモロコシ酒であるチチャを入れ、それを饗宴の後に壊すといった儀礼も多く執り行われたと言われている[要出典]。
ボリビア
同じ頃、現在のボリビアにあったティワナク社会でも、このトウモロコシから作るチチャが儀礼用に利用されていた。ティワナク文化を代表する土器であるケーロと呼ばれるコップ型の土器は、主にチチャを入れて利用された[要出典]。
ティワナク政体は、標高の低い場所、例えば、ペルーのモケグワ周辺やボリビアのコチャバンバ周辺に飛び地を持っていたとされ、このような標高の低い場所ではおもにトウモロコシやコカが栽培されていた[要出典]。チチャの原料のトウモロコシを栽培するため飛び地を設けるほど、当時は重要視されていた[要検証]。
インカ帝国
インカ帝国においてもチチャは非常に重要な飲み物で、チチャの利用はアンデス中に最大限広がっていった[要出典]。インカ帝国では、政府によって労働賦役が課せられていたが、その見返りとしてインカ主催の饗宴が執り行われていたとスペイン人の記録文書に記されている[要出典]。その饗宴では、織物などの他、チチャが与えられ、重宝されていた。国家による酒販売の独占形態であるが、これには以下のように様々な意味が込められている。
チチャの利用は、饗宴などを通して集団間の摩擦を和らげる働きがあった[要出典]。また、儀礼用としても非常に価値があり、現在でもペルー南部やボリビア北部の山間部では、先住民によるチチャを用いた様々な儀礼が執り行われる[要検証]。
このように、チチャあるいはその原料となるトウモロコシは、アンデス文明の形成過程において、けっして欠かすことのできない重要なものであった[13][20]。それゆえ、品種改良で膨大な種類のトウモロコシが生み出された[要検証]。
音楽

1980年代にコロンビアのクンビアとペルーのフォルクローレであるワイニョに、アメリカのサイケデリック・ロックが融合して「チチャ音楽」という新しいジャンルの音楽が生まれると、山岳部からリマに移民した人々のあいだで流行した[21]。エレキギターで演奏されるのが特徴である。 主なアーティストにチャカロン、ロス・シャピス、ロス・デステージョス、ロス・ミルロスがいる。また音楽の宣伝ポスターをチチャポスターと呼ぶ。
ペルー・クンビアはチチャのジャンルのひとつである。日本に紹介されたアルバムは、Pablo E. Yglesiasに監修を受けたものなどがある。


