デュアルレンジ

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デュアルレンジは、富士重工業が2代目スバル・レオーネより設定した副変速機である。

概要

初代レオーネ1400エステートバン4WD発売以来1段だったトランスファーギヤを、1979年10月6日発売の2代目レオーネ(通称「ザ・ニュー・レオーネ」シリーズ)の1.8LAWD車において2段に増やし、前進8段・後進2段の超クロスレシオ・ミッションとして使用できるようにしたもの[1]。HiとLoの切り替え、およびフロントエンジン・前輪駆動(FF)と全輪駆動(AWD)の切り替えは、シフトレバー後ろに設けられた専用のレバーによって行い、Hiレンジの最終減速比1.000に対して、Loレンジでは、実に1.462(レオーネ4WD RXは1.203)に設定されていた。ジープタイプのAWDのように、いざという時は、エマージェンシー・ローとして悪路踏破性を高める効果はもちろん、ラリーなどの実戦の場で「非力なエンジンパワーを補って余りある武器になった」と語るドライバーは数多い。[要出典]

1984年、レオーネは3代目の「オールニューレオーネ」にフルモデルチェンジ。この時に5速マニュアルトランスミッション(MT)採用と共にデュアルレンジも引き続き残され、前進10段・後進2段の変速を実現していた。

1994年の3代目エステートバンの販売終了と共に、一時デュアルレンジ機構はスバルのラインナップから姿を消していたが、1997年スバル・レガシィの派生モデルであるレガシィ・ランカスターの5速MT車にデュアルレンジ車が復活。やや遅れて2002年にはSUVスバル・フォレスター(二代目)にも自然吸気エンジン・5速MT車にデュアルレンジが採用され、往年のレオーネと同じく走行中の積極的な変速を許容する事により実質的な前進10段・後進2段の変速を実現していた。しかし、レガシィ・ランカスターにおいてはその後2003年にアウトバックへのモデルチェンジの際に、フォレスターも2005年のビッグマイナーチェンジの折に再びデュアルレンジ車は姿を消す事になった。

類似の機構

スーパーシフト4×2

三菱自動車工業は、スバルのデュアルレンジより先に1978年発売の初代三菱・ミラージュにほぼ同様のシステムであるスーパーシフト4×2を採用していた[2]。この時代のミラージュは前輪駆動であったが、スーパーシフト4×2の能力を生かしてラリーやダートトラックジムカーナなどで活躍した。

その後スーパーシフト4×2は、三菱・コルディア三菱・トレディアなどのパートタイム4WD車にも搭載され、海外市場でそこそこの評価を獲得し1990年代まで製造され続けた。

ハイパーシフト

本田技研工業は、1985年(昭和60年)に初代ホンダ・シティの普及モデルであるシティRに、変速段数、アクセルペダルの踏み込み量、車速、エンジン回転数、クラッチのオン・オフを元にECUによる演算で副変速時期を計算して自動変速を行う、副変速機付き4速MTのハイパーシフトを採用した[3]。元々が燃費重視の設定であるため、 ハイパーシフトのメインスイッチをオンにした状態では副変速機は高速側(ECOモード)に固定され、ワイドレシオの4速MTとなる。スイッチオフで高低の切り替えが可能となるが、この状態でも穏やかな運転では常に高速側である。急加速や登坂などでアクセルペダルを深く踏み込んだ際のみ低速側に切り替わり、アクセルペダルを戻す、クラッチを切る、エンジンが許容最高回転に達するなどの条件で高速側に戻る制御が基本である。1速は発進と低速域専用で、実際に副変速機構が作動するのは2 - 4速となっており、実質的な7段変速が実現されていた。しかし、高低の変速は自動制御で行われる一方、高→低へと自動で切り替わってもまだ駆動力が不足する場合は手動で下の段に変速する必要があるなど、ローコストなシステム故に効果も限定的でデュアルレンジ程の自由度の高さは無く、初代シティ以外に採用が広まる事はなかった。

脚注

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