レボドパ
神経伝達物質のひとつ
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レボドパ(Levodopa、L-DOPA)は、パーキンソン病(PD)、ドーパ反応性ジストニア、むずむず脚症候群などの疾患の治療に用いられるドーパミン作動性薬物である[3][4]。通常はカルビドパやベンセラジドなどの末梢性ドーパ脱炭酸酵素阻害剤(末梢DDCI)と併用され、配合剤として製剤化されている[3]。経口投与のほか、吸入、経腸チューブ、皮下投与などの剤形がある[3]。

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レボドパの骨格式 | |
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| 臨床データ | |
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| 発音 | [ˌɛlˈdoʊpə], [ˌlɛvoʊˈdoʊpə] |
| 販売名 | Larodopa, Dopar, Inbrija, 他 |
| 別名 | L-DOPA |
| AHFS/ Drugs.com | |
| MedlinePlus | a619018 |
| 医療品規制 | |
| 胎児危険度分類 | |
| 投与経路 | 経口, 吸入, 経腸 (チューブ), 皮下 |
| 薬物クラス | ドーパミン前駆体; ドーパミン受容体作動薬 |
| ATCコード |
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| 法的地位 | |
| 法的地位 | |
| 薬物動態データ | |
| 生体利用率 | 30% |
| 代謝 | 芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素 |
| 代謝物質 | ドーパミン |
| 消失半減期 | 0.75–1.5 時間 |
| 排泄 | 腎 70–80% |
| 識別子 | |
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| CAS登録番号 | |
| PubChem CID | |
| IUPHAR/BPS | |
| DrugBank | |
| ChemSpider | |
| UNII | |
| KEGG | |
| ChEBI | |
| ChEMBL | |
| CompTox Dashboard (EPA) | |
| ECHA InfoCard | 100.000.405 |
| 化学的および物理的データ | |
| 化学式 | C9H11NO4 |
| 分子量 | 197.190 g·mol−1 |
| 3D model (JSmol) | |
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| (verify) | |
レボドパは血液脳関門を通過するドーパミン前駆体で、体内でドーパミンに変換されるプロドラッグである[3]。中枢神経系でドーパミン受容体に作用する。化学的にはアミノ酸で、置換フェネチルアミンおよびカテコールアミンに分類される[3]。
パーキンソン病では、黒質線条体ドーパミン作動性神経細胞の喪失により線条体内におけるドーパミン濃度の変動が増加する。このため、症状改善のためにレボドパが補充療法として用いられる。しかし、長期投与ではレボドパ誘発性ジスキネジア(LID)やオフ期と呼ばれる運動合併症のリスクが増加する[4]。また、吐き気、ウェアリングオフ現象(効果減弱現象)、ドーパミン調節障害症候群など副作用も知られている[3]。
一方、神経変性を伴わないドーパ反応性ジストニア(瀬川病)では、低用量のレボドパ投与でも長期的に症状改善が得られることが報告されている[4]。
レボドパは1910年代に合成・単離され[3]、1950年代から1960年代にかけて抗パーキンソン病作用が明らかとなった[3]。1970年にパーキンソン病の治療薬として臨床導入された[3]。
医療用途
レボドパは血液脳関門を通過するドーパミン前駆体であり、体内で中枢神経系内でドーパミンに変換される[3][5]。ドーパミン自体は血液脳関門を通過できないため、レボドパは脳内ドーパミン濃度を増加させる目的で使用される。主な適応は、パーキンソン病、パーキンソニズム、ドーパ反応性ジストニア、パーキンソンプラス症候群である。
治療効果は症状の種類によって異なり、運動緩慢や筋強剛には比較的良好な反応性を示す一方、振戦(震え)、言語障害、嚥下障害、姿勢不安定、歩行凍結(すくみ足)は反応性が低いとされる[6]。
レボドパは、中枢神経系内で芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD、別名:ドーパ脱炭酸酵素(DDC))という酵素によりドーパミンに変換される。この反応には補因子としてピリドキサールリン酸(ビタミンB6)が必要であり、必要に応じてピリドキシンが併用されることがある。レボドパは、ドーパミン合成の律速段階を担うチロシン水酸化酵素を迂回するため、ドーパミン生成の前駆体であるチロシンよりも効率的にドーパミンへ変換される。
ただし、ヒトでは末梢組織においてもレボドパがドーパミンへ変換される。このため、レボドパ単独投与では末梢でのドーパミン作用が増強され、悪心、嘔吐、循環器症状などの副作用を引き起こす。臨床では通常、末梢性ドーパ脱炭酸酵素阻害剤(DDCI)であるカルビドパまたはベンセラジドと併用される。これにより、末梢でのドーパミン産生が抑制され、より多くのレボドパが中枢に到達する。
なお、植物由来抽出物(例:Mucuna pruriens)をサプリメントとして摂取する場合、通常はDDCIが含まれていない[7]。
レボドパ吸入粉末製剤(Inbrija、旧称:CVT-301)は、カルビドパ・レボドパを服用中のパーキンソン病患者における「オフエピソード」の間欠的治療に使用され[8]、2018年12月21日に米国食品医薬品局(FDA)に承認された[9][10]。
末梢性DDCIを併用しない状態でピリドキシンを投与すると、レボドパの末梢脱炭酸が促進され、治療効果が減衰する。この相互作用は、レボドパ導入初期に歴史的な混乱の原因となった。
また、末梢DDCIとの併用下でのレボドパは、むずむず脚症候群の短期治療にも有効とされる[11]。
持続効果のパターン
レボドパ投与後の臨床反応には、主に以下の2種類が知られている。
- 短時間反応: レボドパの血中半減期に依存する、比較的短時間の症状改善。
- 長時間反応: 薬物動態に直接依存せず、投与後数日から数週間にわたり持続する改善。パーキンソン病治療の初期に顕著で、投与中止後も持続する場合がある[12]。
長期投与下では、線条体神経細胞に転写因子ΔFosBの蓄積が認められる。この神経適応変化は、慢性レボドパ治療に伴うレボドパ誘発性ジスキネジアの発症に関与すると考えられている[13]。
剤形
レボドパは単剤または配合剤として様々な剤形で使用される[14][15]。
- レボドパ・カルビドパ
- レボドパ・ベンセラジド
- レボドパ・カルビドパ・エンタカポン
特定のプロドラッグも臨床で使用される。
副作用
レボドパはパーキンソン病などの有効な治療薬である一方、さまざまな副作用を生じることがある。ただし、抗コリン薬[21]やドーパミン受容体作動薬[22][23]などの他の抗パーキンソン病薬と比較すると、幻覚や傾眠などの精神神経系の副作用は比較的少ないとされる。
一般的な副作用
- 高血圧(特に高用量投与時)
- 不整脈(頻度は低い)
- 吐き気(食事と共に服用すると軽減されることが多い。ただし、レボドパはアミノ酸であるため、タンパク質が薬物吸収を阻害する可能性がある)
- 消化管出血
- 呼吸障害(必ずしも有害ではなく、上気道閉塞のある患者では改善がみられる場合もある)
- 脱毛
- 見当識障害および錯乱
- 情緒の変化(不安、性欲亢進など)
- 明晰夢、不眠
- 幻聴 (en:英語版) または幻視
- 傾眠、ナルコレプシー様症状
- 覚醒剤精神病様症状
認知機能への影響については一定の見解がなく、作業記憶の改善が示唆される場合もあれば[24]、複雑な認知機能を障害する可能性も報告されている[25]。
長期投与に関与する運動合併症
パーキンソン病治療における長期レボドパ投与では、運動症状の変動や異常運動が出現することがある。主なものは以下のとおりである。
- ウェアリングオフ現象(投与間隔末期の症状悪化)[26]
- オン–オフ現象
- 歩行凍結(すくみ足)
- 投与不応(dose failure)
- レボドパ誘発性ジスキネジア(最高投与時に出現しやすい)[27]
- ドーパミン調節障害症候群[28]
これらの運動合併症は、治療期間の延長や疾患進行とともに出現頻度が増加する傾向がある。
投与中止に伴うリスク
レボドパを急に減量または中止すると、悪性症候群(高熱、筋強剛、意識障害などを特徴とする重篤な状態)が起こる可能性がある[29]。そのため、用量調整は段階的に行う必要がある。
臨床では、副作用や合併症を最小限に抑えるため、症状を十分に制御できる範囲で可能な限り低用量を維持することが一般的である[30]。
酸化ストレスと神経毒性に関する仮説
長期レボドパ投与により生成されるドーパミンやその代謝産物が、神経毒性に関与する可能性が議論されている。ドーパミンはモノアミン酸化酵素によって代謝される際に過酸化水素(H2O2)を生成し、活性酸素種の増加を通じて酸化ストレスを高めうる[31]。
さらに、線条体に豊富なFe2+イオンはフェントン反応を介してH2O2からヒドロキシルラジカルを生成し、神経細胞損傷や細胞死を誘発する可能性がある。この過程により、DNA中の8-オキソグアニン形成などの酸化的変化が生じることが報告されている[32]。
また、ドーパミン代謝物であるDOPALなどのカテコールアルデヒドが神経変性に関与するというカテコールアルデヒド仮説も提唱されている[33]。ただし、これらの機序がヒトにおける神経変性にどの程度寄与するかは依然として議論がある。
薬理学
薬力学
レボドパはドーパミン前駆体であり、体内でドーパミンへと変換されるプロドラッグである。生成されたドーパミンは中枢神経系で、運動や情動の制御に関与するドーパミン受容体に作用する。ドーパミン受容体には、大きく分けてD1様受容体(D1, D5)およびD2様受容体(D2, D3, D4)があり、レボドパ由来のドーパミンはこれらの受容体に非選択的に作用する[3]。
薬物動態
レボドパの生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)は30%である。体内では、中枢神経系および末梢組織で、芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)によりドーパミンへと代謝される。血中消失半減期は0.75–1.5時間と比較的短く、投与量の70–80%は尿中に排泄される[3]。
化学
歴史
レボドパは1911年、トルクァート・トルクァティ(Torquato Torquati)によってソラマメ(Vicia faba)の成分から化学的に合成された[3]。その後、1913年にはマーカス・グッゲンハイム(Marcus Guggenheim)がソラマメから天然のレボドパを単離し[3]、2.5 gを投与したが、吐き気と嘔吐を除いて特筆すべき作用は認められなかった[3]。
1950年代、スウェーデンの薬理学者アルヴィド・カールソン(Arvid Carlsson)は、レセルピンでパーキンソン病様の症状を呈する動物にレボドパを投与したところ、症状が軽減されることを示した。この研究によりレボドパが脳内で運動機能を制御することが明らかとなり、後にカールソンはこの功績で2000年にノーベル賞を受賞した[37]。
1960年代初頭、神経学者オレー・ホルニキーヴィクツ(Oleh Hornykiewicz)は、パーキンソン病患者の脳でドーパミン濃度が著しく低下していることを発見した[3][38]。その後、ヴァルター・ビルクマイヤー(Walther Birkmayer)と共に、パーキンソン患者にレボドパを静脈内投与したところ、劇的な症状改善を確認した[39]。
その後、ジョージ・コツィアス(George Cotzias)らはレボドパの経口投与量を段階的に増量し、パーキンソン病およびマンガン中毒によるパーキンソニズムにも効果があることを示した[40]。1968年に最初の研究が報告され[41]、1969年にはコツィアスらにラスカー賞が授与された[42][43]。
1970年、レボドパはロシュにより「ラロドパ(Larodopa)」の製品名で初めて販売された[3]。1973年、神経学者オリバー・サックス(Oliver Sacks)は著書『Awakenings』で嗜眠性脳炎患者に対するレボドパ治療を記述し、1990年の同名映画の原作となった。1974年には、レボドパにカルビドパが追加され、薬剤の許容性が改善された[3]。
社会と文化
研究
新規製剤とプロドラッグ
新しいレボドパ製剤が開発され、皮下投与など多様な投与経路で使用可能となった[48][49]。また、プロドラッグの開発により、薬物動態の改善、血中レボドパ濃度の変動抑制、さらには「オン/オフ現象」の軽減が期待されている[50][51]。
うつ病
レボドパはうつ病性障害の治療に抗うつ薬として使用されることがあるが、その効果は一貫していないと報告されている[52][53]。一方で、うつ病患者において精神運動活性化を促進することが示されている[52][53]。
意欲障害
レボドパは、報酬を得るための努力や意欲を高める効果がヒトで示されており、意欲促進薬としての可能性がある[54][55]。他のドーパミン作動薬も類似の効果を示しており、意欲障害の治療に有用である可能性がある[56]。
加齢黄斑変性症
レボドパ治療と加齢黄斑変性(AMD)の進行リスクに関する後向き観察研究が複数報告されている。大規模解析では、レボドパ使用者で新規滲出性AMDへの進行リスクが低いことが示され[57]、非滲出性AMDから萎縮型AMDへの進行リスクも低いことが別の研究で明らかにされた[58]。ただし、いずれも観察研究に基づく結果であり、因果関係や臨床応用にはさらなる検証が必要である。