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スメルディス

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スメルディス(ギリシア語: Σμέρδις Smérdis ズメルディス/(ズメルジス)、? - 紀元前522年9月29日?)は、アケメネス朝ペルシア帝国の王族。ペルシア王キュロス2世の息子、ペルシア王カンビュセス2世の弟にあたる。

別号 諸邦の王(英語版)
バビロン王
古代エジプト王?
死去 紀元前522年9月29日
メディア、ニサーヤ、シカヤウワティ要塞
子女 パルミュス(英語版)
概要 スメルディス(偽物?) 𐎲𐎼𐎮𐎡𐎹, 在位 ...
スメルディス(偽物?)
𐎲𐎼𐎮𐎡𐎹
ペルシア王
ベヒストゥン碑文に刻まれた「ガウマータ」の浮き彫り
在位 紀元前522年7月1日 - 9月29日
別号 諸邦の王(英語版)
バビロン王
古代エジプト王?

死去 紀元前522年9月29日
メディア、ニサーヤ、シカヤウワティ要塞
子女 パルミュス(英語版)
家名 アケメネス家
王朝 アケメネス朝
父親 キュロス2世
母親 カッサンダネ(英語版)
宗教 古代イランの宗教(ゾロアスター教?)
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その死後、彼になりすましたマゴス神官ガウマータ(ガウマタともいう、古代ペルシア語: 𐎥𐎢𐎶𐎠𐎫 g-u-m-a-t(⁠Gaumāta(-)))がカンビュセス2世に代わって短い間王(在位: 紀元前522年7月1日 - 9月29日)となっていたことで知られているが、本人が王であった可能性がある。

名前

スメルディスという名はヘロドトスによって表現されたギリシア語形に由来する。古代ペルシア語ではバルディヤ(古代ペルシア語: 𐎲𐎼𐎮𐎡𐎹 b-r-di-i-y(⁠Br̥diya(-)))という。エラム語形(bìr-ti-ia)とアッカド語形(bar-zi-ia)も確認されている。この名にはギリシア語やラテン語によるいくつかの表記ゆれが存在する。

クテシアスはこの人物の名をタニュオクサルケス(ギリシア語: Τανυοξάρκης Tanyoxárkēs タニュオクサルケース/(タニオクサルキス))、なりすましたマゴス神官の名をスペンダダテス(ギリシア語: Σφενδαδάτης Sphendadátēs スペンダダテース/(スフェンザザティス(スフェンダダティス)))としている。クセノポンはタニュオクサルケスをタナオクサレス(ギリシア語: Ταναοξάρης Tanaoxárēs タナオクサレース/(タナオクサリス))としている。

概要

ベヒストゥン碑文。浮き彫りの中で「ガウマータ」はダレイオス1世(中央やや左のやや大きな人物)に踏みつけられている。また、ワフヤズダータは捕らえられた反乱指導者の列の前から6番目で捕らわれている。

スメルディスはペルシア王キュロス2世と王妃カッサンダネ(英語版)の間に次男として生まれた。父王は晩年に同じ父母を持つ兄カンビュセス2世を共同統治者に任命した。クテシアスによれば、そのときスメルディスは貢納を免除された東部諸州の総督に任命されたという。

古代の記録によれば、父王の死後、単独の王となった兄カンビュセス2世は紀元前525年のエジプト遠征の前にスメルディスを密かに殺害した(ヘロドトスはこれをエジプト征服後、王位を奪われることを恐れて行ったことだとしている)という。そのためこの出来事は人々に知られなかった。カンビュセス2世がエジプトにいた紀元前522年3月11日、ペルシア本土(おそらくエラムとの境界付近[1])のパイシヤーウワーダーのアラカドリシュ山でメディア人[2]のマゴス神官ガウマータ(ヘロドトスはこの人物をマゴス神官パティゼイテス(英語版)と、その弟で王弟と似ていてしかも同名のスメルディスとしている)が殺害されたスメルディスになりすまして反乱を起こし、7月1日までには帝国を掌握したという。その後カンビュセス2世は崩御し、ガウマータはスメルディスの名で単独の王となった。スメルディスという名で統治していた王の治世はバビロニアの粘土板文書で確認されている。

ガウマータは兵役と貢納を3年間免除すると宣言したため、ペルシア人以外からの支持を集めたという[3]。ガウマータは自身の正体が知られるのを恐れ、本物のスメルディスを知る者を殺害しようとしたため、ガウマータに反抗する者はおらず、ガウマータは神殿を破壊し、人々から牧草地、家畜、しもべ、家屋を奪うなどの行動をとったという。そして即位から約3ヶ月後の9月29日、ガウマータはダレイオス1世たちによってその正体を見破られてメディアのニサーヤ地方のシカヤウワティ要塞でその側近とともに殺害され、ダレイオス1世が王となった。ペルシア人はこの日をマゴス殺しの祭りで祝い、マゴス神官たちはこの日は外に出られなかった[4]。本物のスメルディスの娘パルミュス(英語版)は王となったダレイオス1世と結婚した。

ただし、近年の歴史学ではカンビュセス2世の次の王は偽物ではなく本物のスメルディスであり、偽物が王であったという話は王位を奪ったダレイオス1世によって作られたものであったという説も挙げられている。

ダレイオス1世が王となった後、ペルシアのユティヤー地方の都市ターラワー出身のワフヤズダータ(古代ペルシア語: 𐎺𐏃𐎹𐏀𐎭𐎠𐎫 v-h-y-z-d-a-t(⁠Vahyazdāta(-)))がスメルディスになりすましてペルシアで反乱を起こした。この反乱はアラコシア(英語版)にも広がったが、紀元前521年7月には鎮圧され、ワフヤズダータとその側近は捕らえられ、ペルシアの都市ウワダイチャヤで処刑された。

参考文献

脚注

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