ビシュケク
キルギスの首都
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名称
地理
ビシュケクはチュイ川流域に位置し、南方にキルギス山地(天山山脈の一部)を望む。市域はアラアルチャ川およびアラメディン川などの支流・水路系と関係を持つ平坦地に広がる。[7] チュイ川流域は、初期中世に交易・経済・文化交流の交差点となり、周辺に古代・中世の都市遺跡が分布する地域としても位置づけられている。[8]
都市形態と自然条件
市公式サイトは、19世紀後半の都市計画(街区の区画と街路配置)に言及しており、都市形成の初期段階から格子状の街路と用水路が計画に組み込まれたことを述べている。[9] この点は、後述の帝政期の制度化(郡都化)と並び、都市空間の形成を説明する際の基礎事項として扱える。[10]
気候
ビシュケクは内陸性の気候で、季節による寒暖差が大きいと概説される。[5] 気候値は観測地点・平年期間に依存するため、本項では公的機関が提供する観測点資料に基づいて記述する。NOAA(NCEI)の資料(WMO観測点38353)では、ビシュケク(標高約760m)の設計気象データが提示されている。[11] 気候区分の一般的参照枠として、Köppen–Geiger気候区分の更新世界図(Peelほか、2007)が広く用いられている。[12]
歴史
コーカンド・ハン国の要塞(ピシュペク)
都市史は、19世紀に当地に築かれた要塞(ピシュペク)に遡るとされる。都市研究書の序論は、ピシュペクが1825年にコーカンド・ハン国に属する要塞として成立し、その後の都市化の起点となったことを述べる。[10] 市公式サイトも、19世紀前半の要塞建設と、その後の行政的変遷について沿革としてまとめている。[13]
ロシア帝国期の行政制度と郡都化
帝政ロシアの中央アジア拡大の過程で、1862年に要塞が攻略され、その後ピシュペクが市場(マーケット)として定着し、1878年にセミレチエ州の「郡都(district town)」の地位を得た。[10] 市公式サイトは1878年に都市の行政中心が置かれたこと、同年8月31日に新都市(ピシュペク)の配置計画が承認されたことを述べ、格子状街路と用水路が都市形成に組み込まれたとしている。[9] セミレチエ(Semirechye)は、帝政期の統治・行政運用や社会的緊張の文脈で研究されており、こうした地域史研究は、ピシュペクの制度的位置づけ(行政中心化)の背景理解に資する。[14]
ソ連期(フルンゼ):都市計画と産業化
ソ連期には、当地出身の革命家フルンゼにちなみ1926年に「フルンゼ」へ改称され、共和国の中心都市として発展したと概説される。[5]
ソ連初期の都市形成については、チェコスロバキア系の工業協同組合「インターヘルポ(Interhelpo)」が、初期ソ連期のビシュケク(当時の都市)における工業化・都市性(urbanity)の形成に関与したとする研究がある。[15] 一方、ソ連都市計画の一般論として、住宅地区の配置やインフラ整備が都市空間と日常実践の形成に影響したことが指摘されており、ビシュケクの都市空間の理解にも接続し得る。[16] (ソ連期の具体的な都市計画制度・産業部門別の展開については、都市史・計画史の二次資料で裏取りできる範囲で追補する。)
独立後(ビシュケク):都市膨張と周縁化
1991年にフルンゼからビシュケクへ改名する決定がなされた。[6] 独立後の都市変化については、内部移住・住民登録制度(プロピスカ)・住宅アクセスの制約が、都市周縁部におけるインフォーマルな居住(非公式居住地)の拡大と結び付く過程を、ビシュケクを中心事例として分析した査読論文がある。[17] また、総合計画(General Plan/Genplan)をめぐる政治や開発圧力といった観点から、独立後の都市計画の変容を論じる研究もある。[18] これらの研究は、独立後のビシュケクにおける「都市膨張(人口流入と空間拡張)」を、制度・住宅・都市計画の相互作用として記述するための基礎となる。[17]
行政
人口・社会
人口推移
2009年国勢調査(ビシュケク市Book III)には、1989年・1999年・2009年の人口(主要民族別を含む)が掲載されている。[20]
民族構成
2009年国勢調査(ビシュケク市)による主要民族の人口(上位)と構成比は以下のとおりである。[2]
| 民族 | 人口(人) | 構成比(%) |
|---|---|---|
| キルギス人 | 552,957 | 66.2 |
| ロシア人 | 192,080 | 23.0 |
| ウイグル人 | 13,380 | 1.6 |
| タタール人 | 12,712 | 1.5 |
| 朝鮮人 | 12,014 | 1.4 |
| ウズベク人 | 11,801 | 1.4 |
| カザフ人 | 9,013 | 1.1 |
| ウクライナ人 | 7,987 | 0.9 |
| ドゥンガン人 | 4,040 | 0.5 |
| トルコ人 | 3,149 | 0.4 |
| ドイツ人 | 2,554 | 0.3 |
| アゼルバイジャン人 | 2,142 | 0.3 |
| 中国人 | 1,204 | 0.1 |
| タジク人 | 817 | 0.1 |
| その他 | 9,893 | 1.2 |
| 計 | 835,743 | 100.0 |
年齢構成
2009年国勢調査(ビシュケク市)では、年齢階級別人口に加え、(同調査の定義による)「労働年齢未満」「労働年齢」「労働年齢超」の区分別人口が示されている。[21]
| 区分 | 人口(人) | 構成比(%) |
|---|---|---|
| 労働年齢未満 | 203,930 | 26.6 |
| 労働年齢 | 549,954 | 67.6 |
| 労働年齢超 | 81,859 | 5.8 |
| 計 | 835,743 | 100.0 |
注:本表の区分は国勢調査における労働年齢区分(同調査の定義)であり、国際比較で用いられる年齢3区分(0–14/15–64/65+)とは定義が異なる。
交通
教育
国立大学
- キルギス国立総合大学(旧称:キルギス国立民族大学)
- キルギス国立大学(旧称:キルギス国立教育大学)
- ビシュケク人文大学(ビシケク人文大学)
- キルギス国際大学
- キルギス経済大学
- 国立体育アカデミー
- 国立医療アカデミー
私立大学
- キルギス・ロシアスラブ大学
- キルギス・トルコマナス大学
- 中央アジア・アメリカ大学
対外関係
姉妹都市・提携都市
- 姉妹都市
イズミル(トルコ共和国 エーゲ海地方 イズミル県)- 1991
大邱市(大韓民国 広域市)- 1991
亀尾市(大韓民国 慶尚北道)- 1991
アンカラ(トルコ共和国 中央アナトリア地方 アンカラ県)- 1992
コロラドスプリングス(アメリカ合衆国 コロラド州)- 1994
テヘラン(イラン・イスラム共和国 テヘラン州)- 1994
アルマトイ(カザフスタン共和国 アルマトイ地区)- 1997
ケムニッツ(ドイツ連邦共和国 ザクセン州)- 1997
ガズヴィーン(イラン・イスラム共和国 ガズヴィーン州)- 2003
メリデン(アメリカ合衆国 コネチカット州)- 2005
ミンスク(ベラルーシ共和国)- 2008
アスタナ(カザフスタン共和国 アスタナ地区)- 2011
ドーハ(カタール国 ドーハ市)- 2014
連雲港市(中華人民共和国 江蘇省) - 2015
武漢市(中華人民共和国 湖北省)- 2016
- 提携都市


