ビシュケク

キルギスの首都 From Wikipedia, the free encyclopedia

ビシュケクキルギス語: Бишкекロシア語: Бишкек英語: Bishkek)は、キルギス首都であり、同国の憲法(英訳)ではビシュケクおよびオシュを「共和国的意義の市」とし、その地位は法律で定める旨が示されている。[1]

市制施行1878年
旧名フルンゼ
特別市ビシュケク
概要 ビシュケク БишкекBishkek, 位置 ...
ビシュケク
Бишкек
Bishkek
キルギスの旗
ビシュケクの市旗 ビシュケクの市章
特別市 特別市
位置
ビシュケク の位置図
位置
ビシュケクの位置(キルギス内)
ビシュケク
ビシュケク
ビシュケク (キルギス)
ビシュケクの位置(西南アジア内)
ビシュケク
ビシュケク
ビシュケク (西南アジア)
ビシュケクの位置(アジア内)
ビシュケク
ビシュケク
ビシュケク (アジア)
ビシュケク(Bishkek)の位置の位置図
ビシュケク(Bishkek)の位置
座標 : 北緯42度52分29秒 東経74度36分44秒
歴史
市制施行 1878年
旧名 フルンゼ
行政
キルギスの旗 キルギス
 特別市 ビシュケク
市長 Nariman Tuleyev
地理
面積  
  特別市 127 km2
標高 760 m
人口
人口 (2009年(国勢調査)現在)
  特別市 835,743人
その他
等時帯 キルギス時間 (UTC+6)
市外局番 +996 312
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2009年国勢調査(ビシュケク市)による人口は83万5743人である。[2]

名称

「ビシュケク」の語源については単一の定説があるとはいえず、キルギス語でクムス(発酵馬乳酒)を攪拌するための道具を指す語に由来するとする説明が広く紹介される。[3] ビシュケク市公式サイトは、英雄の妻がクムスの攪拌具(bishkek)を失くしたという伝承に結び付けて地名由来を説明している。[4]

歴史的名称としては、19世紀の要塞・集落段階で「ピシュペク」(Pishpek)と呼ばれ、ソ連期には当地出身の革命家ミハイル・フルンゼにちなみ「フルンゼ」(Frunze)へ改称された。[5] 独立期の1991年には市名が「ビシュケク」に復帰した。[6][5]

地理

ビシュケクはチュイ川流域に位置し、南方にキルギス山地天山山脈の一部)を望む。市域はアラアルチャ川およびアラメディン川などの支流・水路系と関係を持つ平坦地に広がる。[7] チュイ川流域は、初期中世に交易・経済・文化交流の交差点となり、周辺に古代・中世の都市遺跡が分布する地域としても位置づけられている。[8]

都市形態と自然条件

市公式サイトは、19世紀後半の都市計画(街区の区画と街路配置)に言及しており、都市形成の初期段階から格子状の街路と用水路が計画に組み込まれたことを述べている。[9] この点は、後述の帝政期の制度化(郡都化)と並び、都市空間の形成を説明する際の基礎事項として扱える。[10]

気候

ビシュケクは内陸性の気候で、季節による寒暖差が大きいと概説される。[5] 気候値は観測地点・平年期間に依存するため、本項では公的機関が提供する観測点資料に基づいて記述する。NOAA(NCEI)の資料(WMO観測点38353)では、ビシュケク(標高約760m)の設計気象データが提示されている。[11] 気候区分の一般的参照枠として、Köppen–Geiger気候区分の更新世界図(Peelほか、2007)が広く用いられている。[12]

歴史

コーカンド・ハン国の要塞(ピシュペク)

都市史は、19世紀に当地に築かれた要塞ピシュペク)に遡るとされる。都市研究書の序論は、ピシュペクが1825年にコーカンド・ハン国に属する要塞として成立し、その後の都市化の起点となったことを述べる。[10] 市公式サイトも、19世紀前半の要塞建設と、その後の行政的変遷について沿革としてまとめている。[13]

ロシア帝国期の行政制度と郡都化

帝政ロシアの中央アジア拡大の過程で、1862年に要塞が攻略され、その後ピシュペクが市場(マーケット)として定着し、1878年にセミレチエ州の「郡都(district town)」の地位を得た。[10] 市公式サイトは1878年に都市の行政中心が置かれたこと、同年8月31日に新都市(ピシュペク)の配置計画が承認されたことを述べ、格子状街路と用水路が都市形成に組み込まれたとしている。[9] セミレチエ(Semirechye)は、帝政期の統治・行政運用や社会的緊張の文脈で研究されており、こうした地域史研究は、ピシュペクの制度的位置づけ(行政中心化)の背景理解に資する。[14]

ソ連期(フルンゼ):都市計画と産業化

ソ連期には、当地出身の革命家フルンゼにちなみ1926年に「フルンゼ」へ改称され、共和国の中心都市として発展したと概説される。[5]

ソ連初期の都市形成については、チェコスロバキア系の工業協同組合「インターヘルポ(Interhelpo)」が、初期ソ連期のビシュケク(当時の都市)における工業化・都市性(urbanity)の形成に関与したとする研究がある。[15] 一方、ソ連都市計画の一般論として、住宅地区の配置やインフラ整備が都市空間と日常実践の形成に影響したことが指摘されており、ビシュケクの都市空間の理解にも接続し得る。[16] (ソ連期の具体的な都市計画制度・産業部門別の展開については、都市史・計画史の二次資料で裏取りできる範囲で追補する。)

独立後(ビシュケク):都市膨張と周縁化

1991年にフルンゼからビシュケクへ改名する決定がなされた。[6] 独立後の都市変化については、内部移住・住民登録制度(プロピスカ)・住宅アクセスの制約が、都市周縁部におけるインフォーマルな居住(非公式居住地)の拡大と結び付く過程を、ビシュケクを中心事例として分析した査読論文がある。[17] また、総合計画(General Plan/Genplan)をめぐる政治や開発圧力といった観点から、独立後の都市計画の変容を論じる研究もある。[18] これらの研究は、独立後のビシュケクにおける「都市膨張(人口流入と空間拡張)」を、制度・住宅・都市計画の相互作用として記述するための基礎となる。[17]

行政

地位

憲法において、ビシュケクは首都であり、「共和国的意義の市」とされ、その地位は法律で定める旨が示される。[1]

行政区

ビシュケク市は、レーニン区、オクチャブル区、スヴェルドロフ区、ペルヴォマイ区の4つの行政区に区分される(区名の確認)。[19] 2009年国勢調査(ビシュケク市)による各区の人口は以下のとおりである。[2]

さらに見る 行政区, 人口(人) ...
2009年国勢調査による行政区別人口
行政区人口(人)構成比(%)
レーニン区211,84725.3
オクチャブル区238,32928.5
スヴェルドロフ区214,10025.6
ペルヴォマイ区171,46720.5
835,743100.0
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人口・社会

人口推移

2009年国勢調査(ビシュケク市Book III)には、1989年・1999年・2009年の人口(主要民族別を含む)が掲載されている。[20]

民族構成

2009年国勢調査(ビシュケク市)による主要民族の人口(上位)と構成比は以下のとおりである。[2]

さらに見る 民族, 人口(人) ...
2009年国勢調査による主要民族(ビシュケク市)
民族人口(人)構成比(%)
キルギス人552,95766.2
ロシア人192,08023.0
ウイグル人13,3801.6
タタール人12,7121.5
朝鮮人12,0141.4
ウズベク人11,8011.4
カザフ人9,0131.1
ウクライナ人7,9870.9
ドゥンガン人4,0400.5
トルコ人3,1490.4
ドイツ人2,5540.3
アゼルバイジャン人2,1420.3
中国人1,2040.1
タジク人8170.1
その他9,8931.2
835,743100.0
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年齢構成

2009年国勢調査(ビシュケク市)では、年齢階級別人口に加え、(同調査の定義による)「労働年齢未満」「労働年齢」「労働年齢超」の区分別人口が示されている。[21]

さらに見る 区分, 人口(人) ...
2009年国勢調査による年齢区分(ビシュケク市)
区分人口(人)構成比(%)
労働年齢未満203,93026.6
労働年齢549,95467.6
労働年齢超81,8595.8
835,743100.0
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注:本表の区分は国勢調査における労働年齢区分(同調査の定義)であり、国際比較で用いられる年齢3区分(0–14/15–64/65+)とは定義が異なる。

交通

東バスターミナル
ビシュケク2駅電光掲示板
  • 空路:マナス国際空港が市の北西25キロメートルにある。2002年にマナス米空軍基地が設置された。
  • マルシュルートカ:東バスターミナルから、イシククル方面、ナリン方面のマルシュルートカ、タクシーが発着している。
  • トロリーバス(ビシュケク・トロリーバス) - ビシュケク市内に11系統の路線を有する[22]

教育

国立大学

  • キルギス国立総合大学(旧称:キルギス国立民族大学)
  • キルギス国立大学(旧称:キルギス国立教育大学)
  • ビシュケク人文大学(ビシケク人文大学)
  • キルギス国際大学
  • キルギス経済大学
  • 国立体育アカデミー
  • 国立医療アカデミー

私立大学

  • キルギス・ロシアスラブ大学
  • キルギス・トルコマナス大学
  • 中央アジア・アメリカ大学

対外関係

姉妹都市・提携都市

姉妹都市
提携都市

文献

  • 国連統計部(UNSD)国勢調査[23]
  • 2009年国勢調査(Book III、地域別PDF)[要出典]

脚注

外部リンク

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