ビトム

ポーランドの都市 From Wikipedia, the free encyclopedia

ビトムポーランド語: Bytom [ˈbɨtɔm] ( 音声ファイル)シレジア語: Bytōmドイツ語: Beuthen ボイテン)は、ポーランドの都市。人口は約16万人。

Established 12世紀
最高標高
330 m
最低標高
249 m
概要 ビトム Bytōm / Bytōń (シレジア語), 国 ...
ビトム

Bytōm / Bytōń (シレジア語)
ビトムの旗
ビトムの紋章
紋章
ビトムの位置(ポーランド内)
ビトム
ビトム
北緯50度23分 東経18度54分
ポーランドの旗 ポーランド
シロンスク県
city county
Established 12世紀
Town rights 1254
政府
  市長 Mariusz Wołosz
面積
  都市 69.44 km2
最高標高
330 m
最低標高
249 m
人口
(2021[1]
  都市 161,139人
  密度 2,300人/km2
  都市部
2,710,397人
  都市圏
5,294,000人
等時帯 UTC+1 (CET)
  夏時間 UTC+2 (CEST)
郵便番号
41-900–41-936
市外局番 +48 32
カープレート SY
ウェブサイト http://www.um.bytom.pl
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かつての工業都市も、いまは産業構造の転換を迫られている。
市街風景

地勢・産業

カトヴィツェの郊外にある工業都市。かつてはシロンスク地方(シュレジエン地方)の豊富な地下資源に支えられて繁栄を誇ったが、地下資源の枯渇にともない工業も衰退し、高失業率に悩まされている。

歴史

13世紀半ばに都市特権を得た。ビトム公国ポーランド王国ボヘミア王国などの支配を経て、オーストリア・ハプスブルク家の所領となった。この過程で、街のドイツ化が進んでいった。18世紀半ばのオーストリア継承戦争に乗じてプロイセン王国の領土となり、1871年に成立したドイツ帝国の領土となった。ドイツ敗戦後のポツダム会談における決定に基づき、第二次世界大戦後ポーランド領となった。この際、ビトムに居住していた多くのドイツ人が追放され、西方への移住を余儀なくされた。近隣の大都市カトヴィツェと同様、冷戦期には豊富な地下資源に支えられた工業都市であったが、もはや地下資源も枯渇し、新たな産業構造を生み出す必要に迫られている。

スポーツ

ポロニア・ビトムが、ビトムを本拠地とするサッカークラブ。2007年に1部昇格を果たした。

友好都市

脚注

外部リンク

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