フォントノワの戦い
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概要
意義・影響
この戦いにルートヴィヒとシャルルが勝利したことで、フランク王国の分裂は決定的となった。敗れたロタールはブルグント(ブルゴーニュ)のマコンで和平を受け入れ、これを受けて、843年のヴェルダン条約が成立した。一般にヴェルダン条約(とその後に結ばれるメルセン条約)は、現在のドイツ・フランス・イタリアの原形を作ったとされるため、フォントノワの戦いは、ドイツ国家を生むことになった戦いとも理解され、この戦いが最初のヨーロッパ国家間の戦争だとも説明できる。
また、この戦争は10万以上の軍勢で戦った大規模なものともされ、死者は4万人程度ともいわれる。そのため、この争いでフランク王国が疲弊し、ノルマン人の侵攻を容易にしたとも考えられている。