フランベジア
From Wikipedia, the free encyclopedia
病原体・感染経路
病原体は、Treponema pertenueと呼ばれるトレポネーマであり、同じくトレポネーマによる病気である梅毒の原因菌梅毒トレポネーマの近縁種である(亜種(T. pallidum pertenue)として扱われることもある[1])[5]。したがってトレポネーマに感染しても梅毒と同様にワッセルマン反応などの血清学的検査に陽性となるが[6]、性感染病ではないため森林梅毒(forest yaw, bush yaw)という別名がついた。正確な感染経路は不明であるが、皮膚と粘膜からの直接的な接触による感染と考えられ、風土病として幼児からの早期の感染が疑われている。梅毒と異なり、血液感染や経胎盤感染は起きない[1]。
同種の病原菌によって生じる感染症、
- Treponema pertenue 亜種 endemicum - ベジェル
- Treponema pertenue 亜種 pertenue - イチゴ腫
- Treponema carateum - ピンタ
歴史・分布
森林梅毒という名前の通り、主にアフリカ・西太平洋地域・東南アジアの高温多湿の熱帯地域で衛生状態が劣悪な貧困地域に見られる[5][7][8]。 感染者の約75%は15歳以下の小児であるが[7]、大人の抗体反応による調査では感染地域の数%から30%程の人口に既往歴があると推定される[9]。 WHOはラテンアメリカ、アフリカ、アジア、オセアニアに1,000万人のフランベジア患者がいると推定している。[要出典]
1807年にウィリアム・マリナーがトンガで捕らわれていた時の記録に、現地の言葉でtonaと呼ばれ子供の間に流行る病気としてフランベジアのことが現れているが、これ以前にはアフリカ限定の病気と思われていたものが後に同じく南太平洋のソロモン諸島でも見つかり、フィジーにおいては現地民だけでなくサトウキビプランテーションで働くインド人労働者の間にも感染流行が見られた[10]。
1950年代初めには世界中で5千万から1億5千万の感染ケースがあったと推定されたが、フランベジアを含めたトレポネーマ感染症の排除キャンペーンが1952年から46か国を対象に行われ、1964年までにはWHOと国際連合児童基金による世界的キャンペーンによって流行を95%削減することに成功し、感染ケースを推定250万まで押し下げた。南太平洋のほとんどの地域では治療キャンペーンによってほぼ根絶されたとされ、アフリカ諸国においても各国の通常医療の範囲で対応するようになったが、1970年代になって再び流行拡大の兆しを見せ、国際的な取り組みを再開することが議論された[11]。
1990年代に入ると、インドやエクアドルで根絶の報告がある一方で、WHOによる推定では1990年代を通して世界で250万の感染ケースがあり、21世紀に入って初めの四半世紀で西アフリカを中心に約45万の新しい感染があったとされる[12][13]。
2012年には経口アジスロマイシンを使った治療の有効性が確認され、WHOにより新たな撲滅キャンペーンが始まり[14]、2013年には2020年までに根絶する目標が発表されたが、2020年には、11か国から87,877の感染疑いのケースが、2021年には13か国から123,866、2024年には10か国から152,164のケースが報告され、そのうち血清学的にフランペジアと確定できたケースは少ないものの、2025年現在で根絶には至っていない[5][15]。
経過

フランベジアの経過は3期に分類されている。潜伏期間は3-4週間
- 第1期 フランベジア性下疳の出現。通常下肢(95%)に発生し、潰瘍の大きさは数cm程度無痛性で痒みがある。表面は膜、痂皮で覆われている。また潰瘍部位近傍にリンパ節炎を合併することが多い。3週間続く。
- 第2期 熱帯イチゴ腫(ピアノーマ)とよばれる大型のフランベジア性腫瘤が、小型の腫瘤に取り囲まれて出来る。yaws(スコットランドのキイチゴ(framboises))という英語名は、このイチゴ腫の外見からつけられた。手掌や足底部にも有痛性の潰瘍が出現する。第2期の病変は、数か月続く活動期を繰り返しつつ進行する。
- 第3期 第2期の病変に引き続き、時に数年の潜伏期をおいて出現する晩期病変。骨膜炎と骨炎は有痛性で、骨破壊をX線像で認め、鼻などの軟部組織と隣接する関節も破壊する。ただし梅毒とは異なり晩期においてもフランベジアでは心血管系と神経系の症状は出現しない。