プシューケー
心・魂を意味する古代ギリシア語
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プシューケー[1][2][3][4](古希: Ψυχή, Psykhe、プシュケー[5][6][7]、プシュケ[8][9]、プシケー[10]などとも)は、古代ギリシア語で心・魂を意味する言葉。古くは呼吸(息)を意味した。蝶・蛾という意味もある[11]。

呼吸は生命のしるしとして最も顕著なものであったので、生命を意味するようになり、それが転じて、やがて心や魂も意味するようになった[12]。そのような語義になったのも当然[12]と指摘されている[注 1]。
「プシューケー」という言葉を現代日本語に訳す場合、ひとつの訳語で押し通すことは困難なことが多々ある。同一の文献でも、ある文脈では「いのち」と、ある文脈では「心」あるいは「魂」と訳したほうが適切で、ある文脈ではどちらとも解釈可能、ということもある。古代ギリシア語と現代語では概念の体系自体が異なっているのである[注 2]。
ギリシア哲学
ソクラテスは(あるいはプラトンが自著で描くソクラテスは)、プシューケーを知と徳の座だとした。「よく生きる」ことを「プシューケーの気遣い」として説いた[5]。プシューケーの世話をせよ、と説いたのである。
ソクラテスの弟子のプラトンは、滅びる宿命の身体に属する感覚を超えた知を描き、知を特質とし自己を動かすプシューケーは不滅である、とした[5](霊魂不滅説)。
アリストテレスは著書『魂について』(『プシューケーについて』)において、さまざまな生命の生存の原理を論じ、プシューケーとは「デュナミス(可能態)において命をもつ自然的物体の形相」と述べ、プシューケーというのは命の本質である自己目的機能であり、そして起動因である、とした。また同書でプシューケーは栄養摂取、知覚、理性などの順で階層をなしていると捉え、各階層ごとに説明を試みた[5]。より細かく挙げれば、栄養摂取、生殖の能力、感覚能力、欲求能力、場所的移動の能力、表象能力、理性能力などである。
アリストテレスは、一時期は生物の種類によって異なるプシューケーの段階があると見なし、(1)植物的プシューケー (2)動物的プシューケー (3)理性的プシューケー の3つを区別した。だが、彼の知識が増えるにしたがい、植物・動物・人間にプシューケーの違いが絶対的にあるとは考えないようになり、動物もその程度に応じて人間と同じような理性を持っていると考え、さらにその後になると、植物・動物・人間でプシューケーに区別は基本的に無い、と見なすようになったようである[17]。
プロティノスは、神秘主義的な方向に進み、一者からヌース(知性)が、ヌースからプシューケーが、そしてプシューケーからヒューレー(質料)が流れ出ると述べた。
ギリシア神話

ホメロスの叙事詩では、人が死ぬと口や傷口からプシューケーが抜け出て、亡霊となり冥界に下るとされた[6]。『イリアス』第23歌では、死んだパトロクロスのプシューケーが亡霊となりアキレウスと会話する[7]。
ヘレニズム期以降は、アプレイウスの小説『黄金のろば』などで、女性として擬人化されたプシューケーの物語(クピードーとプシューケー)が流行した[6]。アプレイウスは中期プラトン派の哲学者でもあり、『黄金のろば』にはプラトンのプシューケー論を仄めかす描写がある[18]。
プシューケーは「蝶」「蛾」という意味もあるため、擬人化されたプシューケーは背に翅がある姿で描かれることが多い[11]。
新約聖書
新約聖書における「プシューケー」は、例えば『マルコによる福音書』3:4、8:35、10:45のそれは、日本語では「命」と訳しうる。また、マルコ 14:34、ルカなどでは感情の座である[5]。新約聖書の「プシューケー」という表現は、現代語で言う「精神」と「身体」を合わせた人間を表しているのであって、霊肉二元論ではないので、「人」とか「人々」と訳したほうが自然なくだりも多い[5]。
新約聖書ではプシューケーはプネウマと対比され、プネウマのほうは神から与えられる超自然的賜物とされている[5]。例えば、パウロ書簡でもそうで、(ロシア語聖書ではプシューケーはドゥシャ、プネウマはドゥーフ、という語に訳し分けられている)、プネウマ(ドゥーフ)はパウロ書簡では、心・魂ではなく、それらを超えたところから外的に働く力、としてしるされている[19]。救済は古代ギリシアやグノーシス主義では「神的プシューケーの罪ある肉体(ソーマ)の牢獄(セーマ)からの解放」であったが、新約聖書ではあくまで体の復活としてとらえられている[5]。