トプ翻訳官ヤンツェワ・リンチェンセンゲに師事する。
31歳でシガツェ近郊のシャール寺の住職を務めた[1]。
ナルタン寺が所蔵していた仏教経典をシャール寺に取り寄せて新訳経典を増補し、カンジュール(カンギュル、仏説部)、テンジュール(テンギュル、論疏部)に分類し、目録を作成した。プトゥンは特にテンジュールの編集に注力した[2]。
プトゥンの弟子たちは新しいサキャ派の支派を創始し、彼らはプトゥンが身を置いたシャール寺にちなんでシャール派と呼ばれた[3]。
シャール寺に現存する仏画群は、彼の管長就任を祝って、この地域を治めていた王が寄進したものだと伝えられている。