プロトテカ

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プロトテカトレボウクシア藻綱クロレラ目に分類される単細胞性の緑藻の1であるプロトテカ属学名: Prototheca)のこと、またはこれに分類される生物のことである。属名の Prototheca は、ギリシャ語protos(最初の)と theca(鞘、箱)に由来する[2]クロレラに近縁であるが、光合成能を欠き、葉緑体が退化しているため緑色ではない。糖などの有機物を吸収して生きる従属栄養生物であり、酵母に似ているため酵母様藻類(yeast-like alga)ともよばれる[3]。世界中の淡水土壌樹液などに広く分布するが、ときに動物日和見感染して人獣共通感染症であるプロトテカ症(protothecosis)を引き起こす[4]

概要 プロトテカ属, 分類 ...
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特徴

単細胞性であり、細胞は球形からいびつな楕円形、直径は 5–40 µm[1]色素体光合成能を欠き、光合成色素チラコイドが存在しないが(そのため葉緑体ではない)、構造としては残っており、内部にデンプンを貯蔵している[2][1][5]。色素体DNAは存在するが、種によってさまざまな程度の遺伝子の欠失を示す[6]寒天培地上で培養したものは、白色から淡クリーム色のコロニーを形成し、酵母に似ている[7]

細胞壁は薄く平滑であり、内層は多糖からなり、表面は薄い3層構造で包まれている[1][2][8]。この3層構造は強力な加水分解耐性を示し、紫外線励起されて蛍光を発する[2]。プロトテカの強靭な細胞壁は、病原体としてのプロトテカの消化液耐性や薬剤耐性に貢献していると考えられている[9]。この3層構造の特徴はスポロポレニンに類似するが、赤外分光によるスペクトルはスポロポレニンとは異なる(イカダモなどはこの点でもスポロポレニンに類似した物質を含む)。細胞壁にはキチンセルロースは含まれない[9]。また、狭義のクロレラ属の細胞壁に含まれるガラクトースガラクトサミンも存在しない[10]。種によっては、細胞壁の外側が粘質多糖で包まれていることがある[9]

自生胞子[注 1]による無性生殖を行う[1][8]。栄養細胞が成長して増大すると、その細胞壁内で分裂して2–16個の自生胞子が形成されることで、細胞自体が胞子嚢となる[7][1]。この状態の胞子嚢は桑実状または車軸状(mulberry- または morula-like)と表現され、診断において重要な特徴となる[11][9](図2)。胞子嚢の細胞壁が壊れることで自生胞子が放出されると、それぞれが新たな栄養細胞となり成長する[7][1]。また、胞子嚢が厚壁化して休眠構造(hypnospore)になる例が報告されている[9]出芽酵母のような出芽増殖は見られない[7]。鞭毛細胞や有性生殖は知られていない[1]

光合成能を欠き、細胞外から有機物を吸収して炭素源とする従属栄養生物かつ吸収栄養生物である。炭素源としてはグルコースを利用可能であるが、種によってガラクトーストレハローススクロースグリセリンn-プロパノール酢酸なども利用可能である[12][9]窒素源としては、無機窒素(アンモニウム塩)も有機窒素(タンパク質)も利用可能である[9]チアミン(ビタミンB1)によって、増殖促進される[10]。増殖至適温度はふつう25–30°Cであるが、感染症から単離された株は37°C程度でも生育可能なものが多い[10][13]

生態

プロトテカは北南米アフリカヨーロッパアジアオセアニアなど世界中に分布する[10]樹液果実など植物体表面、植物遺体、堆肥土壌などの陸上環境、湖沼河川用水路水槽下水排水処理場などの淡水環境、マングローブなどの海水環境と極めて多様な環境から報告されている[2][14][3][11]

プロトテカは基本的に自由生活性であるが、ときに動物に寄生し、イヌネコウシヒトなどの皮膚、消化管、神経系などから見つかることがある[11](下記参照)。ウシなどに寄生する Prototheca bovis は、近縁種にくらべて発現するタンパク質の種類数が少ないことが報告されており、動物に共生・寄生することに適応したためであるとも考えられている[11]

人間との関わり

プロトテカ症

プロトテカは、上記のように基本的には自由生活性であるが、動物に日和見感染することがあり、プロトテカによって引き起こされる感染症プロトテカ症(プロトテコーシス、protothecosis)とよばれる[8][11][12]。ヒト、イヌネコウシなどに感染する人獣共通感染症である[11][15][16]。ただしヒトからヒト、または動物からヒトへの確実な感染は確認されていない[15]。症状としては、皮膚皮下炎症を引き起こす表在性感染症が多いが、中枢神経系などを含む全身の臓器に広がる深在性感染症になることもある[11][10][17]。表在性感染はおもに外因性で傷口から侵入すると考えられているが、深在性感染は消化管などからの可能性もある[15][11][18][19]。プロトテカはいくつかの抗真菌剤に感受性を示し、しばしば治療に用いられるが、完全な治療は難しい[10]。また、ヨード剤クロルヘキシジン塩素などの消毒剤によってプロトテカは死滅する[11]

原因種としては、ヒトでは Prototheca wickerhami、他の動物では Prototheca zopfii が多く報告されていた[12][18]。しかし、プロトテカの種分類はDNAに基づいて大きく変動しており、たとえば Prototheca zopfii とされていた株から、Prototheca bovis(genotype 2 とされていた)や Prototheca ciferrii(genotype 1 とされていた)が分離されている[20]。分子形質を用いた検査からは、ヒトやネコ、イヌの病原種は Prototheca wickerhamiPrototheca bovisPrototheca ciferrii が、ウシの病原種としては Prototheca bovisPrototheca ciferriiPrototheca blaschkeaePrototheca wickerhamii が報告されている[21][13]

ヒトのプロトテカ症

2. ヒトに寄生した Prototheca wickerhami(染色試料)

ヒトのプロトテカ症は、1964年にシエラレオネから初めて報告され、まれではあるが近年では増加している[22][15]。日本では1983年から2021年の間に43例が報告されている[12]。原因種が明らかになっている場合はほとんどが Prototheca wickerhami である[12]。プロトテカの病原性は弱く、患者の大半は免疫機能低下、血液疾患、悪性腫瘍、糖尿病、腎不全などの基礎疾患をもつ[22][15][23]。臨床的には、皮膚・皮下型(cutaneous/subcutaneous protothecosis)、関節・滑膜型(potothecal bursitis/synovitis)、全身型(systemic protothecosis)などがあり、皮膚・皮下型がおよそ2/3を占めている[22][24]。皮膚・皮下型では、肉芽腫性病変や水疱、潰瘍などを示す[22]。治療としては外科的切除、抗真菌薬全身投与や外用、温熱療法などが報告されている[22]。抗真菌薬としてはケトコナゾールイトラコナゾールフルコナゾールアムホテリシンBなどが用いられ、アムホテリシンBが最も有用とされる(2017年時点)[22][15]

イヌのプロトテカ症

イヌ・ネコのプロトテカ症は稀ではあるが、基本的には皮膚の炎症を引き起こし、また中枢神経系を含む全身に広がり致死的となることもある[11]。特にイヌでは重篤化した例が多く、消化器、眼、神経系などに症状が見られる全身感染例が報告されている[10]。消化器症状としては慢性的に粘液や血液が混じった下痢が続き、嘔吐や体重減少が見られるが、末期まで食欲や元気は消失しない[10][25]。初期の眼症状は充血であるが、その後に角膜や瞬膜が混濁して失明する[10][10][26]。不全麻痺や斜頸、首の痛み、旋回運動、運動失調などの神経症状を示すこともある[10][25]。皮膚・皮下の症状は、外鼻孔や耳介、頰、尾根に見られる[10]。イヌのプロトテカ症は、雑種を含むさまざまな犬種から報告されており、メスに多い[10][27]。イヌにおける全身性プロトテカ症の治療は、幾つかの症例で抗真菌剤が効果的であったと報告されているものの、一般には非常に困難である[27]

ウシのプロトテカ症

ウシのプロトテカ症としては、乳牛の乳房に感染する乳房炎が1990年代以降に増加し、日本を含む世界各地から報告されており、近年問題になっている[13][28]。主な原因種は Prototheca bovis である[13]。症状は多様であり、乳質が低下するだけで他に症状を示さない潜在型乳房炎となる場合から、乳房に熱感や腫れを認める場合、脊髄にも感染して神経症状を発症し重篤になる場合まである[11]。消化管にも生育するため、糞便で汚染された床や飲水から感染すると考えられている[11]。プロトテカ乳房炎は、乳汁からの分離培養によって診断される[11]。薬剤が乳汁へ移行してしまうため、治療のための投薬はできず、対策としては感染源や汚染源の消毒・洗浄および感染牛の隔離・淘汰しかできない[11]。そのため、牛舎内でプロトテカ乳房炎が発生すると除去が難しく、酪農家にとって大きな経済的打撃となる[11]。さらに潜在型乳房炎では臨床症状を示さないため、発見が遅れて牛舎内で感染が広がってしまい、清浄化が困難となる場合がある[13][11]

利用

病原体として忌避されるプロトテカであるが、種によっては石油の分解能をもつものや、エタノール産生能を持つものも報告されている。プロトテカを担体に固定するなどして、有用物質の生産効率を上昇させることも試みられている[29]

分類

プロトテカ属(Prototheca)は、樹液から単離された Prototheca zopfii を基に、Krüger (1894) によって記載された[1][7]。発見当初は菌類の一種であると考えられ[7][26]、その後Saccardo (1895) は子嚢菌のエンドミケス科に分類した[8][7]。一方、West (1916) はこれを光合成能を失った藻類と考え、クロレラに近いものと考えた[8][7][30]。その後もプロトテカの分類学的位置は流動的であったが、微細構造学的および生理学的特徴から、二次的に光合成能を失った緑藻であるとする説が一般的となっていった[5][8][31]。さらに、1990年代には分子系統学的研究から、系統的にはプロトテカはクロレラに比較的近縁であることが示された[31][32]

2025年現在、プロトテカ属はクロレラ属と同じく緑藻植物門トレボウクシア藻綱クロレラ目クロレラ科に分類される[1]。ただし、クロレラ科の中では最も初期に分岐した系統群に属し、クロレラ属とは離れている[33]。プロトテカ属に近縁な属としては、ヘリコスポリディウム属(Helicosporidium)と Auxenochlorella がある。ヘリコスポリディウム属は、プロトテカ属と同様に光合成能を欠くが、絶対寄生性であり、昆虫の消化管に寄生し、特殊な4細胞性の胞子を形成する[34][35]。一方、Auxenochlorella は光合成能を残しているが、従属栄養能が強い混合栄養性の藻類である[36]。ただし、分子系統解析からはヘリコスポリディウム属とアウクセノクロレラ属は系統的にプロトテカ属に含まれることが示されている[6][37](図3)。つまり、プロトテカ属は非単系統群であり、特に光合成能を残した Auxenochlorella が内群になることは、光合成能の欠失が独立に複数回起こったことを示唆している。分子系統解析からは、プロトテカ属は3つの系統群(clade A, B, C)に分かれることが示されており、それぞれで独立に光合成能の欠失が起こったと考えられている[6][37](図3)。

2025年時点で23種ほどが知られている(下表1)。分子形質によって分類され、また形態や生理学的性質(炭素源の資化性など)も考慮される[14]

Clade A

Auxenochlorella

Prototheca xanthoriae

Clade B

Prototheca miyajii

Prototheca cutis

Prototheca paracutis

Prototheca fontanea

Prototheca lentecrescens

Prototheca wickerhamii

Helicosporidium

Clade C

Prototheca tumulicola

Prototheca stagnorum

Prototheca moriformis

Prototheca cookeri

Prototheca vistulensis

Prototheca bovis

Prototheca zopfii

Prototheca cerasi

Prototheca ciferrii

Prototheca pringsheimii

3. プロトテカ属内の系統仮説(AuxenochlorellaHelicosporidium を含む)[6][37]

表1. プロトテカ属の分類例[1]

脚注

関連項目

外部リンク

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