マリモ
淡水性緑藻の一種
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マリモ(毬藻[6]、学名: Aegagropila brownii)は、シオグサ目アオミソウ科マリモ属に分類される淡水性の緑藻の1種である。藻体はふつう長さ数センチメートル程度の分枝糸状体であり、基本的には湖底の石などに付着しているが(着生型)、ときに小さな藻塊として湖底を浮遊しており(浮遊型)、また条件によっては大きな球状の塊(集合型)になる(図1)。生物学的にはこれらすべてがマリモであるが、一般的には球形の集合型のものをマリモとよんでいる[7]。北半球北部の湖沼に散在的に分布しているが、集合型を形成することはまれであり、大きなものは日本の阿寒湖のみで見られる。藻体は大きな円筒形の多核細胞が1列につながっており、葉緑体は網状でピレノイドを多数含む。日本では絶滅危惧IA類に指定されており、また阿寒湖(北海道)のマリモは美しく大きな集合体を形成するため、特別天然記念物に指定されている。マリモ属のタイプ種であり、学名の種小名である brownii はイギリスの植物学者であるロバート・ブラウンへの献名である[1]。和名である「マリモ」は、球形の集合型の形に由来する。
| マリモ | |||||||||||||||||||||||||||
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1. 阿寒湖のマリモ集合型(水槽展示) | |||||||||||||||||||||||||||
| 分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | |||||||||||||||||||||||||||
| Aegagropila brownii (Dillwyn) Kützing, 1854[1] | |||||||||||||||||||||||||||
| シノニム | |||||||||||||||||||||||||||
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| 英名 | |||||||||||||||||||||||||||
| Marimo[3][4][5], lake ball[3][4],[5], Cladophora ball[3][4][5] moss ball[5] |
特徴
藻体は分枝糸状性であり、基本的には湖底の石や岩、貝殻などに付着しているが(着生型 epilithic、着生糸状体)、基質から離れて不定形の藻塊として水底を浮遊していることもあり(浮遊型 free-floating、浮遊糸状体)、まれに球状の密な塊を形成する(集合型 aggregative、集合体)[6][3][8][9][10](図1, 2)。集合型の中には発生様式が異なる放射型と纏綿型(てんめんがた)の2型が知られており、放射型では内部の糸状体が中心から放射状に伸びて形成されたものであるが、纏綿型は浮遊型(浮遊糸状体)が絡み合って球状化したものであるため、内部の糸状体は無秩序に配行している[6]。また、集合型を塊状緩集団、緩毬団、不整毬団、新生小毬集団、ビロード状毬団などに細分することもある[11][12]。これらの生育型は、湖沼の底質、水流動、光強度などの環境要因の差異によって変化する[13][10][14]。直径 12 cm を超える大型の集合型が群生する場所は、日本の阿寒湖のみが知られている[4][6]。マリモの集合型は、類似種の中では最も大きくなり、直径数 cm から最大 30 cm、大きなものは中空になり、外側の厚さ 4–5 cm が残り、ときに年輪構造を示し、表面は毛羽立っているものやビロード状のものがある[12][4][15]。
藻塊を構成する藻体は分枝糸状体であり、緑色、ふつう長さ 0.5–4 cm、1列にならんだ細胞からなり、細胞はふつう円筒形、ときに先端側が膨らんだ棍棒形、主軸細胞は直径 40–120 µm、長さ 120–880 µm、先端部の細胞はふつう円頭で直径 20–80 µm、長さ 168–2000 µm になる[12][8][10][3][16]。ときに各細胞の上端まれに中間から分枝し、ふつうそれぞれの細胞から1本の枝が同じ方向へ伸びているが(扁生)、ときに互い違い(互生)または同一細胞から2本の枝が反対方向に伸びており(対生)、主軸から生じた枝(一次枝)はときに一回(二次枝)、まれにもう一回(三次枝)分枝する[17][18]。ときに藻体の末端または枝の付け根などから細長い仮根を生じ、基質である石や隣接する糸状体に付着している[18][17][16]。細胞は30–120個の核を含み、表層に網目状の葉緑体をもち、多数のデンプン鞘で囲まれたピレノイドが多数存在する[18][19][17]。光合成色素としてはクロロフィルa、b、ロロキサンチン、ルテイン、ネオキサンチン、ビオラキサンチン、アンテラキサンチン、β-カロテンを含む[20]。
おもに、藻体の分断化などによる栄養繁殖を行う[13][21][3]。また、阿寒湖において8月中旬から9月上旬にかけてごくまれに細胞全体が遊走子嚢になり、4本鞭毛性の遊走子を多数放出し、これが新たな藻体へと発生する[21][3]。また、2本鞭毛性の鞭毛細胞も報告されている[22]。有性生殖は見つかっていない[13]。染色体数は24(単相か複相か不明)が報告されている[18]。
生態
マリモは多年生であり、耐陰性が高いため、一定水域において群落を長期間維持し、またこの性質のため大きな集合型の藻塊を形成可能であると考えられている[10]。集合型の球状の形態は、風によって生じる陸側と沖側に行ったり来たりする小さな流れ(振動流)によって少しずつ回転しながら均等に成長し、"磨かれる"ことによって形成される[6][4][23]。また、このような振動流によって重なり合った集合体の上下が入れ替わってまんべんなく光合成できるようになり、またマリモ同士がこすれ合って表面に付着した泥や付着藻が掻き落とされると考えられている[6]。直径の小さな集合体は直径の大きな集合体の隙間に落ち込むため、直径の大きな集合体が表層に多い[4]。
マリモ集合体の成長は極めて遅い(例えば直径 3 cmになるのに70年)とする記述もあるが、好条件では約5年で直径 10–20 cm にもなり[24]、阿寒湖チュウルイ湾の水深 1.5 m ほどでは1年で直径 2–4 cm ほど成長することが報告されている[6]。また、集合体が直径 1 cm から 15 cm に成長するのに20年ほどと推定されている[16]。集合体の直径が大きく(10 cm 以上)になると、光の届かない中心部から糸状体が枯死・分解して空洞になり、集合体が成長するにつれて空洞は大きくなっていく[23]。表層の厚さ 4–5 cm が残ることから、この厚さが光合成に必要な光が届く限界であると考えられている[4]。また空洞が大きくなるほど比重が軽くなり、直径 23 cm の集合体の比重は、直径 16 cm の集合体の比重の半分になる[4]。このように空洞ができるため、特に大型の集合体は構造的に脆弱であり、大きな波によって壊れて小さな断片に分断し、これが再び成長して集団が維持されていると考えられている[23]。阿寒湖では5–9年周期で嵐などによって大きな集合型マリモが一斉に打ち上げられ崩壊し、これが成長することを繰り返していると考えられている[6]。
大きな球状のマリモ集合体では、それを構成するマリモの糸状体の間にさまざまな細菌が共生しており、特徴的な微生物群集を形成していることが示されている[23]。これらの細菌は粘液物質を分泌して砂泥とともに集合体内でバイオフィルムを形成し、マリモ集合体の物理的強度を高めていると考えられている[23][25]。糸状体間にバイオフィルムを形成することで集合体の気密性を高め、夏期に中央空洞に腐敗ガスなどが溜まって集合体が水に浮かぶことがある[23]。また、共生細菌群集はマリモ集合体内で層状構造を示し、阿寒湖のマリモでは表層にシアノバクテリアが、深層に亜硝酸酸化細菌や未知の化学合成細菌が存在することが示されており、これらの細菌はマリモと物質のやりとりを行っていると考えられている[23]。
マリモは陰生植物であり、また長期間の暗黒にも耐えることができる[24]。低温下の強光は光合成の光化学系IIを著しく阻害するが、阿寒湖などでは冬季に湖面が厚く凍り積雪することでこれを回避している[26]。呼吸量は少なく、アナアオサやアオミドロの1/10程度である[27]。
マリモは高い耐凍性をもち、-20°Cで24時間の(細胞外)凍結後も復活することができる[28]。このような耐凍性は細胞内のカリウムやナトリウムイオン濃度が高いことによると考えられている[27]。一方で高温には弱く、35°Cで24時間後には死滅する[29]。
マリモは淡水藻とされるが、5%海水程度で最もよく成長することが知られている[6]。バルト海では、塩分濃度が低いボスニア湾やフィンランド湾(塩分濃度5–6‰)に生育する[30][31]。日本でも小川原湖や姉沼では海水が遡上する汽水域にもマリモが生育し、またシラルトロ湖では高塩分の水が湖底から湧出している[6]。また阿寒湖でも、ナトリウムやカルシウム、マグネシウムを含む塩分濃度が高い湧水が多い[6]。
分布
北半球の高緯度地域に点在しており、北米、アイスランド、ヨーロッパ(アイルランド、イギリス、スウェーデン、デンマーク、バルト海、フィンランド、イタリア、スイス、フランス、オランダ、ドイツ、オーストリア、ルーマニア、ポーランド、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアなど)、ジョージア、カザフスタン、ウズベキスタン、東アジア(ロシア、中国、日本)などから報告されている[1][30][31][注 1]。ふつう湖沼に生育するが、バルト海の塩分濃度が低いボスニア湾やフィンランド湾(塩分濃度5–6‰)にも生育する[30][31]。タイプ産地はおそらくアイルランドのDunree付近である[1]。
日本では20の湖沼から報告されており[10]、北海道(チミケップ湖、阿寒湖、太郎湖、パンケトー、ペンケトー、シラルトロ湖、塘路湖、達古武沼)、青森県(左京沼、市柳沼、田面木沼、内沼、小川原湖、姉沼)、富士五湖(山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖)、琵琶湖に分布する[6][15][32][33][17](2025年時点)。チミケップ湖には、1924年、1932年ころ、1950年に阿寒湖からマリモが移植されたことが記録されており、現在同湖で見られるマリモはこれに由来する可能性もある[34]。
阿寒湖のマリモ

1897年(明治30年)、札幌農学校(現北海道大学)の学生であった川上瀧彌が阿寒湖一帯の植物調査を行い、阿寒湖のシュリコマベツ湾でマリモを発見し、Cladophora sauteri として報告するとともに、その形から「マリモ(毬藻)」という和名を提唱した (川上 1897–1898)[24][35]。阿寒湖のマリモは特別天然記念物に指定されている[36]。阿寒湖には大型の集合型マリモが多く生育しており、2025年現在このような場所は世界中で阿寒湖のみとされる[4][6]。
阿寒湖では、着生型(着生糸状体)は底質が礫や岩である各所に見られ、水深 12 m まで分布しているが、ふつう比較的浅く波当たりや湖水の流動、湧水がある場所に群生している[6][24][16]。浮遊型(浮遊糸状体)は北部のチュウルイ湾の沖合と南東部の大島東岸の沖合および滝口付近のみで見られ、湖底を厚く覆っている[6][24]。集合型(集合体)は、北部のチュウルイ湾とキネタンペ湾の浅瀬、および南東部の滝口の小湾の波打ち際に存在する[6][37]。チュウルイ湾とキネタンペ湾の集合型マリモは放射型であり、滝口の集合型マリモは纏綿型である[6]。2019年の調査に基づく推定では、チュウルイ湾におけるマリモの総量は164.6トン(湿重量)、集合型マリモの数は約1億個(湿重量131.6トン)であり、そのうち長径 5 cm 以下のものが93%(湿重量で40%)を占め、長径 15 cm 以上のものは約11万個であった[38]。また、阿寒湖のセセキモイ(雄阿寒山麓の温泉が流入)には、類似種であるタテヤママリモが分布する[24]。
阿寒湖の湖底に蓄積した環境DNAの調査からは、1900年代初頭のマリモの生物量は現在の10–100倍であったが、20世紀前半に大きく減少したことが示唆されている[39]。阿寒湖では、マリモは最初に西部にあるシュリコマベツ湾で発見されたが、この水域では森林伐採による土砂流入などによって1940年代初めに集合型は消失し、その後1957年には移植が行われたが、回復していない[40][4][24]。チュウルイ湾やキネタンペ湾でも、水力発電用の取水や船舶の航行による湖底の撹乱、富栄養化などによってマリモが減少したが、現在でも保全されている[4]。阿寒湖の透明度は、1930年代までは 7–9 m であったが、1960年代初頭には 2 m 以下にまで悪化し、1980年代には 3–4 m で推移していた[24]。しかし汚水処理やヘドロ浚渫などが行われ、1990年を境に透明度は回復し、2011年8月には 9 m を記録するまでになるとともに、窒素・リン量も減少した[24]。また、チュウルイ湾では水質改善などに伴って2010年ごろから沈水性の水草が増え、これに伴ってマリモ分布面積の縮小やマリモを回転させる波動の減少が起こったため、水草(センニンモなど)の除伐が行われ、その効果が報告されている[6][41][42][38]。
阿寒湖には、自生ではないスジエビ、ワカサギ、フナ、ニジマスなどが導入され、魚類相は大きく変化した[24]。特に1970年代に移入されたウチダザリガニが増殖し、ニホンザリガニやマルタニシ、モノアラガイが見られなくなり、マリモへの影響も憂慮されている[24]。
保全状況評価
世界各地でマリモは減少傾向にあり、多くの湖沼において生育面積や量が減少している[4][10][3]。また、マリモのよく知られた形態である球形の集合型は、安定した個体群に見られる生育型であり、これが見られなくなった湖沼も多い[10]。直径 12 cm 以上の大型の集合型は、阿寒湖(日本)とミーヴァトン湖(アイスランド)のみに存在するとされていたが、後者では2014年に姿を消し、その後は阿寒湖のみで見られる[4][10]。減少のおもな原因は、湖水の富栄養化や土砂流入による生育環境の悪化であると考えられている[10][34]。また、温暖化による水温の上昇も悪影響を与えている可能性がある[43]。北海道のシラルトロ湖では、湖岸の開発による富栄養化や観賞用採取によってマリモ個体群は激減し、2003年以降自主的禁漁とされている[10][34]。
日本では2025年の第5次レッドリストにおいて、マリモは絶滅危惧IA類(CR)に指定されている[10]。また、青森県では最重要希少野生生物(Aランク)に指定されている[10]。
絶滅危惧IA類 (CR)(環境省レッドリスト)
「阿寒湖のマリモ」は美しく大きな球状の集合型を形成するため、1921年(大正10年)3月3日に国の天然記念物に指定され、さらに1952年(昭和27年)3月29日には特別天然記念物に指定された[44][36]。これにちなんで3月29日は「マリモの日」とされている[45]。特別天然記念物の指定は、藻類の中で唯一の例である[40]。富士五湖の山中湖、河口湖、西湖のマリモ(フジマリモ)は、1993に「フジマリモ及び生息地」として山梨県天然記念物に指定されている[46]。
分類
1753年、スウェーデンの Dannemorasjön 湖で採集されたマリモを基に、カール・フォン・リンネが Conferva aegagropila Linnaeus, 1753 として記載した[47]。その後、独自のマリモ属(Aegagropila)に分類されることもあったが、シオグサ属に分類されることも多かった(Cladophora aegagropila (Linnaeus) Trevisan, 1845)[1][5]。日本では、Aegagropila sauteri Kützing, 1845 や Cladophora sauteri (Nees) Trevisan, 1845 の名が使われることが多かった[48][19]。しかし21世紀になると、分子系統学的研究からシオグサ属とは系統的にやや異なることが明らかとなったため、マリモ属に分類されるようになり、Aegagropila linnaei Kützing, 1843 の名が使われるようになった(Conferva aegagropila に基づくAegagropila aegagropila はトートニムになるため命名規約上使えない)[1][5]。しかし、より古い名である Aegagropila brownii (Dillwyn) Kützing, 1854 (= Conferva brownii Dillwyn, 1809) がおそらくマリモと同種であることが示され、2025年時点ではこの学名が用いられるようになった[1][5]。
マリモは生育型の違いなど形態形質に基づいて多数の種や種内分類群に分けられたことがあり、日本産のマリモも、マリモ(Cladophora sauteri f. sauteri)、フジマリモ(Cladophora sauteri f. yamanakaensis)、トロマリモ(Cladophora sauteri f. profunda)、カラフトマリモ(Cladophora sauteri f. kannoi)、チシママリモ(Cladophora sauteri f. kurilensis)、ヒメマリモ(Cladophora minima f. minima)、フトヒメマリモ(Cladophora minima f. crassa)に細分されたことがあった[19][49]。しかし、詳細な形態的比較からはこのような細分化は支持されなかった[43][24]。その後、21世紀以降にDNAを用いた分子系統解析が行われるようになり、日本産のマリモは(後述のタテヤママリモを除いて)同一の分類群に分類すべきことが示されている[43][50]。
日本においては、球状の集合体を形成するマリモの類似種としてタテヤママリモ(Aegagropilopsis moravica)が知られている[8]。集合体は柔らかく、ややいびつでまれに直径 3 cm 以上になるが[8]、形態的にはマリモとの区別は難しい[51]。チョコや中国から知られ[52][53]、日本では富山県立山町の湧水から初めて発見されたためタテヤママリモとよばれるようになったが、2025年時点では北海道から九州まで各地の湧水や河川、海跡湖などから報告されている[8][43]。阿寒湖や琵琶湖では、マリモとタテヤママリモが共に生育している[8]。
一般家庭の水槽で生育していたマリモ類が調査されたところ、マリモでもタテヤママリモでもない球状のマリモが発見されている[54]。山梨県甲府市でタイリクバラタナゴと産卵基質となるドブガイ類を飼育していた水槽においてマリモ類が増殖していたが、分子系統学的研究からマリモでもタテヤママリモでもない別種の Aegagropilopsis clavuligera であることが示され、本栖湖で採集されたドブガイ類に由来する可能性が示唆されたため、モトスマリモと命名された[8][55][56][57]。このタイプのモトスマリモは、その後国内数カ所の一般家庭の水槽から見つかっている[58]。また、神奈川県川崎市の熱帯魚水槽(コリドラス、ミナミメダカ、カワリヌマエビ属、サカマキガイ、チョウジタデ属の水草を飼育)からもモトスマリモが発見され、多摩川から採集した石に由来するのではないかと考えられているが、糸状体同士の絡み合いが少なく、房状になる点で甲府で見つかったものとやや異なり、18S rDNA塩基配列も5塩基異なる[59][60][61]。このタイプのモトスマリモは、日本各地の一般家庭の熱帯魚や水草水槽から多く報告されている[8][58]。モトスマリモは、このように日本では一般家庭の水槽から報告されているが、自然環境からは直接見つかっていない[8]。マリモ、タテヤママリモ、モトスマリモは集合体の特徴がやや異なることがあるが、形態的な特徴での同定は難しい[8][51][56][59]。また、近縁のアオミソウ(Pithophora roettleri)も球形の集合体を形成することがある[8]。アオミソウの集合体はゴワゴワとしており、糸状体は太く(直径 50–130 µm)、細胞の一部が分節化してアキネートを形成する点で上記のマリモ類と異なる[8]。マリモは高温に弱いのに対し、タテヤママリモ、モトスマリモ、アオミソウは高温に強く、熱帯魚用のアクアリウム内でも生育できる[8][55]。
マリモは、古くはシオグサ目シオグサ科に分類されていたが[19]、分子系統学的研究から、狭義のシオグサとは系統的にはやや異なることが示され(マリモクレードとよばれていた)、2025年現在では上記の類似種を含めてアオミソウ科に分類されている[1][24]。
人間との関わり
マリモとアイヌ
マリモは、アイヌ語でトーカリプ(湖を転がるもの)、トーラサンペ(湖の妖怪)、スカナキップ(丸いもの)などとよばれるとされるが[7][62][16][63]、もともとアイヌ名はなかったともされる[64]。アイヌには、湖を汚したことで阿寒湖の神によって湖から追い出されたベカンベ(ペカンぺ、菱の実)が、湖を汚せと呪いの言葉とともにむしり取った草を湖に投げ込んだものがマリモになったとする伝承がある[16][63][35]。アイヌにとって、マリモは特別な存在ではなかったが、漁網に引っかかることから邪魔者扱いされたともされる[63]。また、アイヌの娘であるセトナが恋人のマニベの後を追って阿寒湖に入水し、その魂がマリモになったとする話があるが、これはアイヌの伝承ではない[63][35][65]。
大衆化
1950年代、日本ではマリモがさまざまな形で取り上げられ、よく知られた存在になった[66]。 1953年には日本コロムビアが募集した全国歌謡コンクールにおいて、いわせひろし歌詞の『毬藻の歌』が入選し、八洲秀章作曲、安藤まり子歌によってレコード化されて大ヒットした[66][67]。この歌は九条万里子(1964年)や芹洋子(1974年)にカバーされ、『マリモの唄』としてリバイバルヒットした[67]。また、1950年に佐藤敬の絵画「毬藻」が週刊朝日の表紙を飾り、1954年には太田仁吉監督の「科学映画・阿寒湖のマリモ」が発表、1955年には山口蓬春の絵画「まり藻と花」が発表され、また1956年にはマリモを描いた55円切手が発行された(図5)[66][68]。1954年には昭和天皇が阿寒湖に行幸してマリモ生育地を訪れ、マリモが献上されようとしたが、「これは国の宝である」として受け取らなかった[66]。これに感応した鳩山一郎総理大臣や三木武夫運輸大臣は自身や秘書のマリモを阿寒湖に返した[66]。さらに1955年にはマリモを阿寒湖に返還する全国キャンペーンが行われ、下記のように1955年の第6回まりも祭りでは3,500個のマリモが阿寒湖に返された[24][63][40]。
上記のマリモ返還の話は、1955年の米国の週刊誌である「TIME」に、「マリモふるさとに帰る」と題する記事として掲載され、また1956年には丸木舟に乗るアイヌ、ヒメマス、マリモを描いた栗谷川健一によるポスター「伝説の湖-国立公園阿寒」がウィーンで開催された第4回世界観光ポスターコンクールで最優秀賞を受賞した[66]。
マリモは阿寒湖、さらには北海道を象徴する存在となり、マリモにちなんだ名物や土産品(まりもようかんなど)が多数ある[69][70]。釧路市阿寒地区には、タンチョウとともにマリモが描かれたマンホール蓋が存在する[71]。北海道ご当地キャラクターとして、「まりもっこり」が知られている[72]。市民団体「マリモでくしろを盛り上げ隊」による活動の一環として、2018年に絵本「わたしはマリモ」が出版され、英語版や中国語版も存在する[73]。
保護
阿寒湖のマリモは、川上瀧彌による「発見」以来、観賞用に人気が高まり、採取と売買が行われていた[24][40]。阿寒湖のマリモが見出されてから間もない1912年(大正元年)には、水盤やガラス容器に入れられ床飾り[74]として人気を博したことが伝えられている[40]。乱獲が憂慮され1921年に天然記念物となり無断採取が禁止されたが、その後も盗採が続き、東京などにも送られた[24][63]。阿寒湖や釧路において観光客に販売され(1949年に1個30–200円)、阿寒湖を訪れる観光客はマリモを持ち帰るのが常識化していたとされる[24]。このような盗採に加えて伐採・輸送による土砂流入、水力発電取水のための水位低下などによりマリモに大きな被害があったことから、北海道大学の舘脇操らがマリモの減少への対策の必要性を指摘し、また一般に愛護の必要性を知ってもらための愛護会の設立が提唱された[63]。これを受け、1950年6月にはマリモ保護対策協議会が発足し、同年10月には「阿寒湖のマリモ」愛護会(後の特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」保護会)が設立された[63]。また盗採されたマリモを阿寒湖に戻す全国キャンペーンを行い、これを湖に返す儀式を含めてマリモ愛護を訴える「まりも祭り」が1950年8–10月に行われた[24][63]。1955年の第6回まりも祭りでは3,500個のマリモが湖に返されたが、やがて全国から返還されるマリモはなくなり、1963年以降はマリモ盗採は報道されなくなった[24][63]。まりも祭りは、観光的な側面も含みながらその後も大自然に感謝する行事として続いており、2025年には第76回まりも祭りが開催された[75][37]。
1961年には観光遊覧船のマリモ生育地乗り入れが自主規制され、それに伴ってチュウルイ島に観覧池を設けてマリモの供覧が始まった[24][40]。屋外の観覧池ではマリモの生育に問題があったため、1978年に阿寒町がチュウルイ島にマリモ展示観察センターを開設した[24]。この入館料は、マリモ保護・研究事業に充てられている[24]。2025年時点では、生きている大型の集合型マリモは、阿寒湖畔ビジターセンターとチュウルイ島のマリモ展示観察センターのみで展示されている[76][77]。
1957年には、阿寒湖でのマリモ盗採を防止するため監視人を配置して取締を強化した[24]。1963年以降はマリモ盗採は報道されなくなったが、(おそらく下記のようにシラルトロ湖での採取が難しくなったため)2005年ごろから再びマリモ盗採が起こり、巡視増加や監視カメラ設置などの対策が取られた[24][78]。
観賞用
上記のように、古くは阿寒湖のマリモが採取され土産物として利用されていたが、特別天然記念物の指定や採取禁止の徹底によって阿寒湖での盗採はほぼ消失した[24][63]。それに代わってシラルトロ湖で採取するようになり、1993年には漁業権も設定された[79]。 シラルトロ湖には集合型は存在しないが、浮遊型が多く、これを採取してミキサーで裁断し、直径 1–2 cm の球に丸めて水槽中で養生したものが販売されていた[78]。このようなマリモは「人工マリモ」や「人造マリモ」とよばれ[78]、またしばしば「養殖マリモ」や「人工育成マリモ」と謳われているが、養殖・育成して増やしているわけではない[80][81]。しかしシラルトロ湖ではマリモが激減し、2003年に漁業権は再認可されたが自主的禁漁としている[10][34][82]。これに伴って、阿寒湖での盗採も再発した(上記参照)[78]。2017年時点では、人工マリモの原料は輸入されているとの記事がある[83]。
1990年代半ば以降、「ヨーロッパマリモ」や「セイヨウマリモ」と称する集合型マリモ類がペットショップやホームセンターで流通し始めた[78][84]。これらは東ヨーロッパ原産のものと考えられ、DNAの調査からもこれを支持している[78]。また2000年代になると、ロシア産とされるものも流通するようになり、「天然マリモ」と称していることがある[78]。このような世界各地のマリモの日本への流通については、世界各地でのマリモの減少に関わる可能性が指摘されている[78]。