ミッレト制
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名称
概要
オスマン帝国では、とくに自領内のルメリ(ヨーロッパ領)やアルメニアなどに居住する非トルコ系非ムスリム系諸族住民の構成する共同体に対して保護と支配とを兼ねる特殊な宗教自治体が設けられた[3]。
聖職者を利用して非ムスリムを統治する方式が、正式な国家制度として確立したのは19世紀に入ってからである。1820年代よりギリシア人による反乱が始まると、オスマン帝国政府はキリスト教徒臣民を治安や安全保障上の脅威と認識するようになり、統制を強化しようと試みた。非ムスリムの動向をつかむうえで、政府は聖職者に頼らざるを得ず、このために聖職者を経由して宗派共同体を管理するという方式が確立した。この方式はキリスト教徒以外のユダヤ教徒にも拡大し、政府が任命した首長が各宗派共同体の統治を担うようになっていった。このような制度について研究者の上野雅由樹は、「後の研究者が「ミッレト制」と呼ぶことになる、聖職者を利用した統治制度は、ギリシア人の反乱によって帝国上層部に広まった非ムスリムへの不信感と、彼らに対する統制強化の産物であった」と評している[4]。