ムツヘタ
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歴史
紀元前6世紀にジョージア西部で成立したコルキス王国東側の内陸部は、同じころアカイメネス朝ペルシアの一部であったが、紀元前4世紀から紀元前3世紀にかけて、ムツヘタを首都とするイベリア王国(カルトリ王国)が成立した[1][2]。伝説によれば、最初のイベリア王はマケドニア王国のアレクサンドロス3世に対抗したとされるパルナヴァズ1世である。その領域は今日のジョージア中部のカルトリ(カルタリニア)、ジョージア東部のカヘティ、ジョージア西南部のサムツヘとその周辺であり、ここは、ギリシャ文明の影響が直接及ばない地域であった[3]。住民は、西方のアナトリア・コルキス方面から流入してきた人びとと土着民との融合によって生じた人びとであった[3]。ムツヘタはクラ川・アラグヴィ川の合流点近くに立地し、現在は町全体が世界文化遺産に登録されている[3][4]。中世に著述された『カルトリス・ツホヴレバ』(ジョージア年代記)によれば、この頃にジョージア文字(カルトリ文字)が考案されたとしており、この文字はアラム文字の強い影響下に成立したと考えられ、ヘブライ文字やアラビア文字などと同系である。なお、「ムツヘタ」の地名はこの地をひらいた首長ムツヘトスに由来するといわれている[4]。
ムツヘタは、5世紀の王ヴァフタング1世(ワフタング・ゴルガサリ)がトビリシに遷都するまで、イベリア王国(紀元前3世紀-紀元後6世紀)の首都であった。