モワサック
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モワサック (仏: Moissac)は、フランス、オクシタニー地域圏、タルヌ=エ=ガロンヌ県のコミューン。モアサックともカナ表記される。
| Moissac | |
|---|---|
![]() | |
| 行政 | |
| 国 |
|
| 地域圏 (Région) | オクシタニー地域圏 |
| 県 (département) |
タルヌ=エ=ガロンヌ県 |
| 郡 (arrondissement) | カステルサラサン郡 |
| 小郡 (canton) | 小郡庁所在地 |
| INSEEコード | 82112 |
| 郵便番号 | 82203 |
| 市長(任期) |
ジャン・ポール・ニュンジ (2008年 - 2014年) |
| 自治体間連合 (fr) | fr:Communauté de communes Castelsarrasin Moissac |
| 人口動態 | |
| 人口 |
12,244人 (2009年) |
| 人口密度 | 142人/km2 |
| 住民の呼称 | Moissagais |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯44度06分17秒 東経1度05分06秒 |
| 標高 |
平均:m 最低:59 m 最高:199m |
| 面積 | 85.95km2 (8 595ha) |
| 公式サイト | www.moissac.fr |
地理
歴史

1464年の特許状により、ルイ11世は先代の王たちが与えたモワサックの特権を認可した[1]。
新たな宗教戦争中であった1622年、モワサックはルイ13世によって占領された[2]。
1800年から1926年までモワサックは郡庁所在地であった。
モワサックはシャスラ種ブドウ(fr)のまちとして有名である。第二次世界大戦中のモワサックは、フランス・ユダヤ人ボーイスカウト連盟(fr)の大規模な避難所となっていた。モワサック子供の家ではユダヤ人の子供たちが匿われていた。
1944年春、ノルマンディーに再招集される前、オラドゥール=シュル=グラヌの虐殺など通過した場所で数々の暴虐をはたらいてきた第2SS装甲師団の一部がモワサックに駐留していた[3]。
経済
モワサック産シャスラ種ブドウの生産が有名で、AOC指定されているが、近年の天候不良で減産傾向にある。
観光業が発展している。サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路途上にあり、数千人の巡礼者たちがベネディクト会派の修道院にやってくる。
史跡
- サン=ピエール・ド・モワサック教会 - 修道院付属教会。ロマネスク様式彫刻の傑作とされる12世紀の門をもつ。回廊はUNESCO世界遺産フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の1つとして登録されている[4]。
