町は、1920から30年代のゴールドラッシュ時代に誕生した。ラエに到着した貨物は、空路で金鉱のあるワウへ運ばれた。
1937年、アメリカの飛行士アメリア・イアハートが、ラエを飛び立った後行方不明になった。
1937年、ラバウルで火山が噴火すると、ニューギニアの植民地の首都がラエに移された。
太平洋戦争中の1942年に日本軍が占領した。ココダ道での戦いやブナ・ゴナの戦い、ワウの戦いでの敗北後、1943年中頃に日本軍はラエとサラモア周辺に撤退した。連合国軍の攻撃でラエも9月16日に占領された。
1969年10月、日本政府の第二回東部ニューギニア遺骨収集団がラエを訪問。遺骨収集、合同追悼式を行った[2]。