丁鎮龍
日韓併合時代の朝鮮の活動家
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生涯
生涯については未判明の点も多い。幼馴染であった金斗漢が1969年11月10日放送のTBCのラジオ番組『炉端の夜話』(노변야화)にて語ったところによると、清渓川沿いに住む物乞い出身で水標橋の下に住んでいた[1]。丁鎮龍はそのような窮境下で共産主義を知り、自らも共産主義の信奉者となった。青年時代、金斗漢が優美館を中心にチュモッケ王(拳王の意)として君臨していた時期には彼の部下として仕えている。
終戦後、丁鎮龍は落語家・俳優の申不出との出会いをきっかけに本格的に共産主義路線を歩み始め、朴憲永の秘書も務めた。またこの時期に設立された朝鮮共産党の傘下団体朝鮮青年前衛隊に、金斗漢とともに参加している(ただし金斗漢は父金佐鎮の死の真相を知ったのをきっかけに同団体を脱退した)。
家族・友人らが1947年4月26日に京郷新聞に出した死亡広告によると、同年4月20日国際劇場で拉致され、その後大韓民主青年同盟の本部にて殺害され遺体で発見された[2]。