佐屋街道は1634年(寛永11年)に開設され[1]、万場宿は開設当時から設置されていた宿場である。
1636年(寛永13年)に、庄内川の対岸に隣接して岩塚宿が設置されると、このふたつで1宿として機能するようになる。月の前半15日は岩塚宿が、後半15日は万場宿が人足継立や休泊の役を務め、庄内川を渡る万場の渡しについては万場宿側が管理を行った。
天保年間の規模は、宿高:913石8斗6升9合、家屋:160軒、人口:672人、問屋場:1、町並:6町10間、本陣:1軒、旅籠:10軒。脇本陣は設置されていなかった。