三学
仏道を修行する者が修めるべき3つの項目
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三学(さんがく, 巴: tisikkhā)とは、釈迦によって示された、仏道を修行する者がかならず修めるべき3つの基本的な修行項目をいう[1]。三勝学(さんしょうがく)とも。具体的には、戒学・定学・慧学の3つを指す[1][2]。この戒・定・慧は、修習の順番が重要である[2]。
最古の修行法説
昭和期に活躍した仏教学者の中村元は、『パーリ仏典』は釈迦の死後に、釈迦が神格化されていく過程で段階的に発展・成立したとする説を唱え、『パーリ仏典』収録経典を「最古層」「古層」「新層」に分類した[4]。中村説は日本仏教学界で大きな影響力を持つに至った。
釈迦の死後、輪廻から解脱し涅槃に至るのための修行マニュアルがしだいに整備されていった過程を、中村説を踏襲する並川孝儀は以下のように推定している。
- 最古層経典:修行法はほぼ「戒」や「定」や「慧」など後世の三学に該当する内容で占められる。
- 古層経典:新たな修行法もみられるようになる。その代表的な修行法が七種の修行法(三十七道品)である。中でも「五根」が最も早くみられ、続いて「八正道(八聖道)」が「四諦(四聖諦)」と一体で説かれる。
- 新層経典:新たに「四念処」「四正勤」「四神足」「五力」「七覚支」という修行法が説かれる。
並川孝儀によれば、三学は文献学的にさかのぼりうる最古の修行法で、釈迦の直説(じきせつ)の可能性があるという。また並川は最古層経典の修行法の内容がほぼ三学であることを指摘している[5]。
一方『パーリ仏典』段階発展説を否定する見解もある(仏教#釈迦の修行法も参照)。中村元は最古の経典と推定されるスッタニパータに仏教の基本教義が見えないことを理由に、『パーリ仏典』の教義や戒律などの大部分は釈迦入滅後に段階的に成立したとする説を唱えたが、清水俊史は言語学的にスッタニパータが最古層の仏典であることは認めるが、スッタニパータのような韻文は大衆向けの通俗的なもので仏教の教義を体系的に網羅したものではないので中村説は前提が誤っているとし、『パーリ仏典』に見られる教義や戒律は古くから存在するもので後年に段階的に発展したものではないとしている[6]。
大谷大学教授の新田智通は、スッタニパータが最古層の経典であることには同意しているが、中村元の他の分類に関しては「中村はゴータマ(釈迦)の神格化の過程を論証したのではなく、ただ自分自身の設けた判断基準にしたがって分類したに過ぎない」と辛辣に批判している[4]。また新田は、原始仏教は明らかに輪廻転生を前提とし、輪廻からの解脱をテーマとしているため、並川孝儀の学説のように「釈迦は輪廻転生を否定した」という見解を採ると教義が破綻し成立しないと説明している[7]。
パーリ仏典
Tīṇimāni bhikkhave samaṇassa samaṇakaraṇīyāni. Katamāni tīṇi:
adhisīlasikkhāsamādānaṃ, adhicittasikkhāsamādānaṃ, adhipaññāsikkhāsamādānaṃ,
imāni kho bhikkhave tīṇi samaṇassa samaṇakaraṇīyāni.比丘たちよ、これら三つの、沙門のための沙門がすべき事がある。いかなる三か。
増上戒学の受戒、増上心学の受戒、増上慧学の受戒である。
比丘たちよ、これら三つが、沙門のための沙門がすべき事である。Tisso imā bhikkhave sikkhā. Katamā tisso? Adhisīlasikkhā adhicittasikkhā adhipaññāsikkhā.
比丘たちよ、これら三つの学(sikkhā)がある。いかなる三か。
増上戒学、増上心学、増上慧学である。
それぞれを修めたならば、激しい欲(chando)は起こらず、三毒(rāgo, doso, moho)は消えてしまうと釈迦は説く[8]。三学を修習しない者は、真の比丘ではないと釈迦は説いている[1]。また釈迦は、農夫らが予め田畑を耕してから種を捲くように、比丘たちはまず三学を修習するよう説いている[8]。
八正道との関係
漢訳仏典・サンスクリット仏典
釈迦が最晩年に生涯をふりかえり、スバッダに語った偈でも、三学に相当する修行法が説かれている。
我年二十九、出家求善道。
須跋我成仏、今已五十年。
戒定智慧行、独処而思惟。
今説法之要、此外無沙門。私は29歳で、良き道を求めて出家した。
スバッダよ。私がブッダとなってすでに50年がたった。
私は戒定慧の行を実践し、ひとり、深く考えてきた。
いま説いた法のかなめが、求道者のありかたのすべてである。
上記の偈に対応するサンスクリット仏典<
Avadānaśataka(AVŚ)
ekānnatriṃśatko vayasā subhadra
yat prāvrajaṃ kiṃkuśalaṃ gaveṣī
pañcāśad varṣāṇi samādhikāni
yasmād ahaṃ pravrajitaḥ subhadra(AVŚ_40.1)
śīlaṃ samādhiś caraṇaṃ ca vidyā
caikāgratā cetaso bhāvitā me
āryasya dharmasya pradeśavaktā
ito bahir vai śramaṇo 'sti nānyaḥ (AVŚ_40.2)