三条公兼 日本の江戸時代の公家 From Wikipedia, the free encyclopedia 三条 公兼(さんじょう きんかね)は、江戸時代前期から中期にかけての公卿。左大臣・三条実治の子。官位は従三位・左近衛中将。三条家23代当主。東山天皇(112代)に仕えた。 時代 江戸時代前期 - 中期生誕 延宝7年8月16日(1679年9月20日)死没 元文5年(1740年)官位 従三位、左近衛中将概要 凡例三条公兼, 時代 ... 凡例三条公兼時代 江戸時代前期 - 中期生誕 延宝7年8月16日(1679年9月20日)死没 元文5年(1740年)官位 従三位、左近衛中将主君 東山天皇氏族 三条家父母 父:三条実治、母:家女房兄弟 公兼、公充、井伊直通正室妻 広幡豊忠女子 河鰭輝季、実顕テンプレートを表示閉じる 経歴 元禄2年(1689年)、叙爵。以降、三条家の嫡男として速いスピードで昇進し、元禄10年(1697年)には従三位となり公卿に列しているが、元禄13年(1700年)になって突然官位を停止させられた。理由は不詳だが、朝廷内で大きな出来事のあった年でもないので彼個人の問題であると考えられる。弟・公充が三条家を相続し、公兼の子・実顕は公充の後を受けて三条家を相続した。 系譜 父:三条実治 母:家女房 妻:広幡豊忠女[1] 男子:三条実顕 生母不明の子女 男子:河鰭輝季 - 河鰭実詮の養子 脚注 [1]改正増補諸家知譜拙記 関連タグ この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles