三枝守光 From Wikipedia, the free encyclopedia 三枝 守光(さいぐさ もりみつ、永禄3年(1560年) - 天正3年5月21日(1575年6月29日))は、戦国時代の武将。通称甚太郎 [1]。 略歴 三枝虎吉の子で武田勝頼に仕えた。天正3年(1575年)5月21日、長篠の戦いで鳶ヶ巣において討死した。享年16 [2] [1]。 参考文献 『寛政重修諸家譜第6輯』(榮進舍出版部、1917年、1003p) 『尾参郷土史-第1巻』(歴史図書社 、1980年、120p) 脚注 [1]歴史図書社 1980, p. 120. [2]榮進舍出版部 1917, p. 1002. この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles