上本達之

日本の元プロ野球選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

上本 達之(うえもと たつゆき、1980年11月8日 - )は、山口県宇部市出身の元プロ野球選手捕手内野手)。右投左打。

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-11-08) 1980年11月8日(45歳)
身長
体重
186 cm
96 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
上本 達之
2011年8月30日、こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 山口県宇部市
生年月日 (1980-11-08) 1980年11月8日(45歳)
身長
体重
186 cm
96 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 捕手一塁手外野手
プロ入り 2002年 ドラフト6巡目
初出場 2005年8月18日
最終出場 2017年8月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 埼玉西武ライオンズ (2020 - 2022)
閉じる

経歴

プロ入り前

宇部商業(1学年下には嶋村一輝がいた)の主力選手として出場した第80回全国高等学校野球選手権大会では、2回戦の対豊田大谷戦でサヨナラボークでの敗戦を経験している。卒業後、協和発酵に入社。チームの11年ぶり都市対抗野球出場に貢献。

2002年11月20日に行われたプロ野球ドラフト会議6巡目で西武ライオンズに指名され入団。

西武時代

2003年フレッシュオールスターゲームに出場した。入団3年目の2005年に一軍初昇格を果たし、同年8月18日の対千葉ロッテマリーンズ戦で代打としてプロ初出場。同年は計7打席に立ったが、無安打に終わった。

2006年7月15日の対ロッテ戦で7番・一塁手としてプロ入り初スタメン出場し、薮田安彦からプロ初安打を放った。

2007年、開幕前のキャンプで主力組に招集されたもののシーズン序盤は出番がなかった。しかし6月に一軍昇格。6月30日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で代打で起用されて適時打を放ち、プロ初打点を記録。その後は主に一塁の守備固め、左の代打、緊急時の控え捕手をこなしてチームに貢献した。全て対右投手で起用されたが、打率.188に終わった。

2008年はプロ入り初の開幕一軍入りを果たしたが、6月、昨年に所沢市内の銀行のATMで現金を置き引きしたとして、窃盗容疑で書類送検された事が球団から発表され、二軍に降格となった[1]日本シリーズでは40人の選手枠に登録され、正捕手の細川が負傷したため6戦目と7戦目ではベンチ入りを果たすも出場機会はなかった。アジアシリーズでは全試合でベンチ入りし、第3戦の対天津ライオンズ中国)戦で途中から指名打者として出場した。

2009年5月23日に初めて捕手として一軍でスタメン出場。7月5日の対楽天戦で青山浩二からプロ初本塁打を放った。7月8日、対日本ハム戦の7回裏に代打で出場し、ダルビッシュ有から2試合連続となる逆転2点本塁打を放った。7月27日、モデルの秋山まいと入籍。捕手としての出場が37試合と一気に増え、無失策・1捕逸であった。その他、先発投手が右投手の際に一塁手や指名打者としてスタメン出場し、また左の代打などでも起用され、第3捕手の座を獲得した。同年は打率.257・4本塁打・15打点を記録、更に両リーグ最多となる代打本塁打3本を放った。8月22日の対ロッテ戦ではブライアン・シコースキーからプロ入り初のサヨナラ打(適時内野安打)を記録した。

2010年のシーズン序盤は正捕手の座こそ細川に奪われたが、打撃を期待され相手の右投手が先発の試合では外野手としてスタメンに名を連ね、また試合終盤に細川の代打で登場しそのまま守備に就くケースも多く見られた(なお、一軍公式戦では機会がなかったものの、三塁手としての出場も準備していた)。チームが捕手2人体制をとるようになってからは控え捕手として待機することが多くなったが、7月下旬からはスタメン捕手として出場する機会も増え、結局自己最多の91試合に出場した。8月29日の対楽天戦では小山伸一郎からプロ入り初のサヨナラ本塁打(逆転サヨナラ3点本塁打)を放っている。代打としてリーグ最多の41回起用され、打率4割であった。

2011年は序盤から打撃不振で、6月5日に登録抹消となる。7月8日に再び登録された後も代打起用のみであったが、8月13日の対オリックス・バファローズ戦に先発出場し先発の西口文也を好リードすると、以降西口が先発する試合は全て上本がスタメンマスクをかぶるようになった(この間の西口の成績は7勝1敗・防御率2.07)。9月4日の対福岡ソフトバンクホークス戦ではプロ入り初の満塁本塁打を記録した。

2012年は74試合に出場し、27安打は2010年に次ぐ自己2番目の記録となった。

2013年は42試合出場にとどまり、2009年以降では最少の出場数となった。

2014年は前年より更に出場試合数を減らした。シーズン中に捕手以外のポジションに就かなかったのは2005年以来9年ぶりだった。

2016年は開幕を一軍で迎える。7月29日のオリックス戦で2013年以来3年ぶりの本塁打を記録[2]。7月14日にはFA権を取得した[3]。3年ぶりにファーストも守った他、左の代打として一軍に帯同し、キャリア初の打率3割を記録した。

2017年も開幕一軍入りを果たすが、出場機会に恵まれず、8月14日に登録抹消[4]されるまでに11試合の出場に終わり、10月6日に球団から戦力外通告を受け[5]、10月20日に任意引退選手公示された[6]

引退後

2017年10月21日にブルペン捕手としてチームに残留することが発表された。

2020年シーズンからは二軍育成コーチに就任する。2021年には二軍打撃コーチに配置転換された[7]2022年シーズンをもってコーチ契約を終了し、チームスタッフに異動する[8]。 2023年からはスコアラーとしてチームに帯同している。2024年から中国地方担当のスカウトとなっている。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
















































O
P
S
2005 西武 4770000000000000030.000.000.000.000
2006 4770100010000000030.143.143.143.286
2007 3035325610073000030070.188.257.219.476
2008 1714141110020000000040.071.071.143.214
2009 581059792560443150031301220.258.284.443.728
2010 912322122456804762520301403547.264.319.358.677
2011 4477694101011471030401240.145.203.203.406
2012 741301161027302361103211001312.233.297.310.607
2013 425753381011220000400191.151.211.226.437
2014 1830272430072000030081.148.233.259.493
2015 614131200021000010021.154.214.154.368
2016 67988872740134120111800232.307.361.386.747
2017 1111100100010000010020.100.182.100.282
通算:13年 46681774566168280132357834123510620214.226.280.315.595
閉じる

年度別守備成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...


捕手一塁外野














































2005 西武 31210001.000220.000--
2006 -2100001.000-
2007 -21762051.000-
2008 2200001.000820116.955-
2009 3779110111.0001073.3001036116.974-
2010 73281260311.000322210.313220001.00011101001.000
2011 31877101.989651.167-140001.000
2012 379210111.9901064.4001258413.984-
2013 122330001.000431.25010414051.000-
2014 174770111.00013103.231--
2015 6183102.955440.000--
2016 27519111.98412120.0006171021.000-
2017 5700001.000000.0006171021.000-
通算 25069977479.995937122.2377126013327.98811141001.000
閉じる

記録

初記録

背番号

  • 49(2003年 - 2017年)
  • 97(2018年 - 2019年)
  • 88(2020年 - )

登場曲

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI