中国のビール
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歴史
中国におけるビールの生産と消費はおよそ9000年前に興った。中国人による近年の考古学的研究により紀元前7000年頃にビールの近縁と見られるアルコール飲料が小規模ながら生産されていたことがわかった。当時のビール風アルコール飲料は米、蜂蜜、ぶどう、サンザシの実を用いて生産されており、古代エジプトやメソポタミアで生産されていたものと製造方法が類似していることがわかった[1]。夏、殷、周など古代中国の王朝ではビールは先祖崇拝、葬式、その他の儀式で重要なものとされており、ビールは醪醴 (亀甲獣骨文字)と呼ばれていた。しかし、漢滅亡後、中国のビールは黄酒の台頭で姿を消し、2000年間日の目を見ないままとなる。
19世紀終わりまで、近代的なビールの醸造方式は中国に導入されることはなかったが、ロシア人がハルビンにブルワリーを建設し、さらにドイツ人, チェコスロバキア人、ロシア人により、ハルビンに3つのブルワリーが追加で建設された。また満州帝国時代には日本人も満州麦酒を設立し、その瀋陽の工場が戦後「雪花ビール」と呼ばれた時代を経て、現在中国の最大のビールブランド「雪花ビール」の名称の元となっている。 [2]
原料
経済
青島ブルワリーで作成される青島ビールは11年連続で中国国内最大の売上を誇り、他国にも輸出することでそのブランドを高めている。国内売上量では珠江ビールや燕京ビールが青島ビールに続いている。青島ビールが生産されている青島市は第一次世界大戦で日本に占領されるまでドイツが租借地として利用していた場所であり、ドイツ人水兵への需要もあり古くからビールが生産されてきた。日本が青島を占領しドイツが租借権を失った後もビール生産は続けられた。
他に有名な醸造会社としては藍帯ビール[4]、燕京ビール、雪花ビール、珠江ビールがある。現在、多くの国際的なビール会社が中国市場や中国のブルワリーとの合弁事業に興味を持っており、カールスバーグのような国際的なビール会社も中国で生産を行なっている。これにより中国市場での販売が可能になる一方で、中国の地方のブルワリーの質を向上させるための資金とノウハウを提供しなければならない。
中国国内のビール工場直営店は数えるほどしかなく、それらは西洋人コミュニティが存在する上海や北京のような大都市に集中している。中国で最も有名な工場直営店は上海を拠点とする拳擊猫餐庁[5]であり、武漢を拠点とするチェーン店の凱威ビール屋がそれに続く。その他、上海ブルワリー[6]などの新規のビール製造会社がある。近年、上海で上海ビール週間が開始され[7]、2012年のビール祭りでは成功を収めた。
2011年より、高級ビールのデリバリーサービスが上海で展開されている[8]。デリバリーサービスを展開している会社は市街の立地の良い場所にビール専門店も経営している。
