河西昌枝
バレーボール選手
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来歴

山梨県中巨摩郡(現在の南アルプス市)の出身。山梨県立巨摩高等学校卒業後、日紡に入社する。
河西は『東洋の魔女』の主将として1962年世界選手権優勝、1964年東京五輪でコーチ兼主将として優勝に大いに貢献した。ポジションはセッターで、長身を生かして前衛ではセンタープレーヤーも務めた[2]。
1965年1月に日紡を退社。同年5月30日に当時の総理大臣である佐藤栄作の取り計らいで2歳年上の自衛官と結婚した。
選手のファンであった女優の淡島千景がオーナーとなって設立したバレーボールのクラブチーム「フジクラブ」にも参加、同クラブの中心選手として活躍した[3](フジクラブは国民体育大会バレーボール競技一般女子の部において、1965年、1966年と二連覇した。1968年頃までには活動を終えたという[3])。またその後は、ママさんバレー教室の講師も務め、普及に尽力した[3]。
2003年3月に日本バレーボール協会の女子強化委員長に就任し、 2004年アテネ五輪では全日本女子チームの団長(チームマネージャー[4])を務めた。
人物・エピソード
球歴
所属チーム
- 山梨県立巨摩高等学校
- 日紡関ヶ原
- 日紡足利
- 日紡貝塚( - 1964年)
関連作品
- 『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(2019年、NHK) - 演:安藤サクラ