中道
苦行と快楽の両極端を避ける修行論と、常見・断見などの形而上学的二項対立を否定する存在論的教説を含む、仏教思想を構成する基本概念の一つ
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原義と漢訳
中道(Madhyamā-pratipad)の Madhyamā は「中指、子宮、適齢女性[信頼性要検証]」を意味する[7][8]。Madhyamā の語尾の発音を違える Madhyama は、形容詞として「中間の、中心の、中位の、凡庸な、適度の、中間の大きさの、中立の」と訳され、名詞として「二人称、四分音符」とも訳される[7]ほか、「(腰の)くびれ、媒体・媒介、仲介・又ぐ」など多様な英訳がある[9]。一方の pratipad の方は、漢訳でよく用いられる「道、行」[11]以外にも、英訳では「入り口[12]、始まり[12]、陰暦の最初の日[13]」などの名詞のほか、動詞としても多様な訳がある[12]。
漢語としての中道
中国では少なくとも論語の時代から、中道は道半ばの意味である「半途、中途」のことであり、論語では「力不足者,中道而废」(訳:能力の足りない人は途中でやめる)という文脈で用いられていた[14]。これは中国に仏教が伝わった際の仏典漢訳にも取り入れられて、中国仏教ではサンスクリット原典に沿って、「中道」の核心とは中道をも破して除すことであり(=核心是破除对“中道”本身的执念)、中道の身に執しない「不住中道」の文脈で説かれた[15]。
日本語としての中道も、政治的標語である中道(左右二辺に偏らない道)と混然一体化してはいるが、「道半ば、中途」が主要な意味としてある[16]。しかし、今日ではその意味は忘失され、岩波仏教辞典は中道の〈中〉は、2つのものの中間ではなく、2つのものから離れて矛盾対立を超えることを意味し、〈道〉は実践・方法を指すとしている[17]。
二辺の語義
二辺は、中道を離れた両極端を指す[18]。仏典では『中論』の巻四が〈有・無〉あるいは〈常・無常〉を、『順中論』の巻下が〈常・断〉を、『摂大乗論』世親釈の巻一が〈増益・損減〉を二辺の語義として挙げている[18]。
二辺の語義に、「二諦」と同様の"空"や"仮"の意味があるとする一部の仏教解釈がある[19][注釈 2]。総合佛教大辞典は『止観輔行』の巻三が〈空・仮〉を二辺として挙げているとする[18]。
原始仏教・パーリ仏典・阿含経典
原始仏教において中道は、主として不苦不楽の中道を意味した。具体的には八正道を指す[4][23][要ページ番号]。
不苦不楽の中道
中阿含経巻五六などでは、八聖道(八正道[24])の実践は快楽主義と苦行主義との偏った生活態度を離れ、それによって智慧を完成して涅槃のさとりに趣く道であるから八聖道を中道という[6]。
釈迦が鹿野苑において五比丘に対して初めての説法を行った際に(初転法輪)、中道と八正道について次のように述べたことが、パーリ仏典相応部の五六・二に描かれている[25]。
そのとき、世尊は五人の比丘の群れに告げられた。「比丘たちよ、出家した者はこの二つの極端に近づいてはならない。二つとは何か。
— 相応部 56.諦相応 転法輪経
第一にさまざまな対象に向かって愛欲快楽を求めるということ、これは低劣で、卑しく、世俗の者のしわざであり、とうとい道を求める者のすることではない。また、第二には自ら肉体的な疲労消耗を追い求めるということ、これは苦しく、とうとい道を求める者のすることではなく、真の目的にかなわない。
比丘たちよ、如来はそれら両極端を避けた中道(majjhimā paṭipadā)をはっきりと悟った。これは、人の眼を開き、理解を生じさせ、心の静けさ、すぐれた知恵・正しいさとり・涅槃のために役だつものである。
比丘たちよ、では如来がはっきりとさとったところの、人の眼を開き、理解を生じさせ、心の静けさ・すぐれた知恵・正しいさとり・涅槃のために役立つ中道とは何か。それは八つの項目から成る道(八正道、八支聖道)である。
十二縁起と中道
カッチャーナよ、世間では多くの人が二つの見を拠り所としている。実在論(atthita)と虚無論(natthita)に。
... (中略) ...
カッチャーナよ、「一切は存在する(atthī)」というのは、第一の極端である。
カッチャーナよ、「一切は存在しない(naatthī)」というのは、第二の極端である。
カッチャーナよ、如来はこれらの両極端には近づかず、中道(majjhena)によって法を指し示す。
無明により行が起こり、...(中略)...生により老死が、愁悲苦憂悩が生じる。このようにして、全ての苦蘊は生起する。 — パーリ仏典, 相応部因縁相応 15.カッチャーナゴッタ経, Sri Lanka Tripitaka Project
比丘よ、「生命(jīvaṃ)と身体(sarīran)は同一である」という見があるならば、梵行に住することはない。
比丘よ、「生命と身体とは別個である」という見があるならば、梵行に住することはない。
比丘よ、如来はこれらの両極端へ近づかず、中道(majjhena)によって法を指し示す。
生(jati)に縁って(paccayā)老死(jarāmaraṇa)ありと。 ... (中略) ... 有に縁って生ありと。... (中略) ... サンカーラに縁って識ありと。 — パーリ仏典, 相応部 因縁相応 35.無明縁経, Sri Lanka Tripitaka Project
雑阿含経巻一二などでは、十二縁起の真理を正しく理解することは、常見と断見や、有見と無見などのように偏ったものの見方を離れることであるから、十二縁起を正しく観察することが中道の正見に住することであると説く[6]。
琴の弦(緊緩中道)
パーリ語経典の律蔵・犍度・大品(マハーヴァッガ)5,16-17においては、どんなに精進しても悟りに近づけず焦燥感・絶望感を募らせていたソーナという比丘が登場する[23][要ページ番号]。彼は、過度の修行により足から血を流すほどであった[23][要ページ番号]。それを知った釈迦は、ソーナが琴の名手であったことを知り、以下の説法を行った[23][要ページ番号]。
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張り過ぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
— ケン度大品 5,16-17 [23]
「いいえ、そうではありません、大徳(釈迦)よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が緩すぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張りすぎず、緩すぎもなく、丁度よい度合いを持っていたら、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「そのとおりです、大徳よ」
「ちょうど同じように、ソーナよ、行き過ぎた努力は高ぶりを招き、少なすぎる努力は懈怠を招く。それゆえソーナよ、あなたはちょうどよい努力を保ち、感官にちょうど良いところを知り、そこに目標を得なさい」
弦は、締め過ぎても、緩め過ぎても、いい音は出ない、程よく締められてこそいい音が出る、比丘の精進もそうあるべきだと釈迦に諭され、ソーナはその通りに精進し、後に悟りに至った。
部派仏教・部派仏典
大乗仏教・大乗仏典
中論・中観派
ナーガールジュナの中論では、中道は縁起・空・仮名と同じ意味である[4]。また、同書第18偈では、縁起と空と中道をほぼ同義として扱う[26][注釈 3]。中論が、縁起・空性・仮・中道を同列に置くのは、全てのものは縁起し空であると見る点に中道を見て、空性の解明によって中道を理論づけるものである[17]。中論巻一観因縁品では、〈生・滅・断・常・一・異・去・来〉の八の誤った見解(八邪)を離れて無得正観に住するのを中道とし、これを八不中道という[6]。
瑜伽行派
瑜伽行派(唯識派)[27]においては、認識対象は外在的なものではなく識の顕れにすぎないので非有、しかし識の顕れは現実に存在するので非無であり、全ては認識作用にすぎないという〈一切唯識〉において中道が把握される(唯識中道)[17]。
三論宗
三論宗は、中論が説く八不中道の説に基づき、俗諦中道(世諦中道)・真諦中道・二諦合明の中道(非俗非真の中道)という三種の中道を説く[6]。
法相宗
唯識宗(法相宗)[28]では、有空中の三時教の教判を立てて、解深密経などの説のように、〈有・空〉の二辺を離れて非有非空の中道の真理を完全に顕した教えを中道了義教とし、〈有・空〉に偏る教えを不了義教とする[6]。その中道とは、いわゆる唯識中道のことであり、法相宗は唯識中道を説くことから、自らを中道宗とも称する[6]。法相宗の教えは中道教とも呼ばれる[4]。法相宗では中道は、教理の核心としての非有非空をも指す[4]。
成論師
成論師は、世諦中道・真諦中道・真俗合論中道の三種中道を立てた[4]。
天台・天台宗
慧文によると、因縁によって生じたものが必ずある(定有)のでもなく、またそれらが空であるとしても、必ず空(定空)であるというのでもなく、空有不二であることを中道という[4]。
天台宗では、空・仮・中の三諦を立て、中は空・仮を超えた絶対であるとする[4]。この空・仮・中は相互に別なく円融し、即空・即仮・即中としての中道であるとする[4]。天台宗では中道は、教理の核心としての諸法実相をも指す[4]。
法華経
摩訶止観
天台智顗は『摩訶止観』の中で、「若し行、中道に違すれば、卽ち二邉の果報有り。若し行、中道に順ずれば、卽ち勝妙の果報有り」としている[29][注釈 4]。
創価学会(公明党・中道改革連合)の宗教的政治理念としての「中道主義」
創価学会・公明党・中道改革連合
創価学会は日蓮の仏法を信仰する日蓮正宗系(日蓮正宗から破門されている[31])在家仏教団体である。また、公明党は1964年11月17日に、池田大作創価学会会長(当時)の発意によって、政治部門の公明政治連盟が分離されて結成された創価学会を支持母体とする政党[32]である。
創価学会・公明党にとって「中道主義」は、創価学会の池田大作名誉会長が長年唱えてきた政治理念「人間主義」「王仏冥合」「仏法民主主義」を体現する言葉である。意味は「生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義[33]」。
政治理念としての「中道主義」誕生の流れ
公明党結党時、当時の綱領で「王仏冥合、地球民族主義」「人間性社会主義」「仏法民主主義」「腐敗政治の追放」など宗教的理念中心の政治を主張していた[34]。
- 一、宇宙時代にふさわしい世界観、恒久平和への新しい指導理念の確立が、今日ほど強く渇仰される時代はない。この待望の指導理念こそ、生命哲学の神髄、王仏冥合の大理念であると堅く信ずる(注:王仏冥合、読み:おうぶつみょうごう=王法とは国家政治を意味し、仏法とは思想であり宗教哲学である。この王法と仏法を冥合させて、社会の繁栄と個人の幸福を一致させるという政治理念)。公明党は、王仏冥合の大理念を高く掲げて、地球民族主義にのっとり、人類の危機を救い、世界に恒久平和の礎を築くことを誓うものである。
- 二、資本主義、社会主義の両体制に共通する基本的欠陥は、人間疎外、人間性の抑圧である。公明党は、豊かなる人間性の尊重を基調とする人間性社会主義によって、個人の幸福と社会の繁栄が一致する大衆福祉の実現を確約するものである。
- 三、公明党は、国民大衆の中に仏法民主主義、すなわち人間性尊重を基調とした真実の民主主義の基盤をつくり、大衆とともに前進する真実の大衆政党である。言論、思想、信仰の自由等、基本的人権を尊重するはとうぜんである。われわれは大衆とともに語り、大衆のために戦い、大衆の中に死んでいくことを誓うものである。
- 四、大衆をして政治不信のやむなきにいたらしめたのは、まったく既成政党の重大な責任といわねばならぬ。また政治の賄賂は、とくに選挙の腐敗に端を発する。公明党は、腐敗選挙を徹底的に追放し、腐敗政治と断固戦って、公明なる議会制民主政治を確立することを誓う。
しかし、1969年末、創価学会を批判する藤原弘達の著書『創価学会を斬る』の出版中止を、公明党が自民党幹事長田中角栄に働きかけていたことが公になる(「言論出版妨害事件」)。が起きて以降、政教分離について批判が殺到し、1970年5月3日、創価学会総会で池田会長が事件を謝罪し、創価学会と公明党との間の体質の改革を宣言せざるを得ない事態に発展した。
- 創価学会幹部の議員兼職を廃する。池田自身も、今後とも政界進出はしない。
- 公明党の自立性を高め、創価学会は党の支持団体の立場に徹する。選挙などの政治活動はあくまで党として行い、創価学会は支持団体としての応援に留まる。
- 「国立戒壇」構想は国教化を意味するものではなく、以降、この言葉を一切使わない。
- 創価学会会員の活動で問題を起こした時には、厳正に処罰する。
などといった方針が打ち出され、6月25日、党大会で新しい綱領が制定され、綱領からは宗教用語がすべて削除された。その際のことについて創価学会青年部によると[35]
「それを、あろうことか『公明党は創価学会の国教化が目的』であると、元の意味から大きく誤って解釈する言説が、いまだに見受けられます。60年以上もアップデートされていない誤った言説が、今なお無節操に繰り返されているのです。なお、現在、公明党が採択している新綱領では「王仏冥合」「仏法民主主義」という言葉を使わず、党の基本理念を“人間性尊重の中道主義”としています。[35]」
と、長年唱えてきた仏教に基づく政治理念「王仏冥合、地球民族主義」「人間性社会主義」「仏法民主主義」を一般用語でもある「中道主義」に言い換えたことが述べられている[35]。
また、この政治理念「中道主義」は衆院立憲民主党を伴い公明党主導で2026年1月16日に結成した中道改革連合でも、その政党名の通り基本理念として採用された。