五女子

名古屋市中川区の地名 From Wikipedia, the free encyclopedia

五女子(ごにょうし、ごにょし)は、愛知県名古屋市中川区にある町名。現行行政地名は五女子町1丁目から五女子町5丁目と五女子一丁目及び五女子二丁目。住居表示は五女子町が未実施、五女子が実施済み[WEB 5]

郵便番号
454-0033(五女子)[WEB 2]
454-0034(五女子町)[WEB 3]
概要 五女子・五女子町, 国 ...
五女子・五女子町
五女子・五女子町の位置(愛知県内)
五女子・五女子町
五女子・五女子町
五女子の位置
五女子・五女子町の位置(名古屋市内)
五女子・五女子町
五女子・五女子町
五女子・五女子町 (名古屋市)
北緯35度8分39.83秒 東経136度53分1.32秒
日本の旗 日本
都道府県 愛知県
市町村 名古屋市
中川区
人口
2019年(平成31年)1月1日現在)[WEB 1]
  合計 1,394人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
454-0033(五女子)[WEB 2]
454-0034(五女子町)[WEB 3]
市外局番 052 (名古屋MA)[WEB 4]
ナンバープレート 名古屋
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五女子町は「ごにょしちょう」と読み、五女子は「ごにょし」と読む[1]

地理

名古屋市中川区の東部に位置し、五女子の東に荒江町、五女子町の西に二女子町、南に八熊通、北に八幡本通露橋と接する。

歴史

町名の由来

江戸期愛知郡五女子村の名による。由来としては、愛知郡片端の里なる場所を治めていた領主に7人の娘がおり、その娘をそれぞれ嫁がせた場所に「一女子村」から「七女子村」の村名が生じたという伝説が残されている[2]

地名自体は室町期から確認でき、1511年永正8年)付の石山寺所蔵礼札に「尾張州愛智郡則武郷五女子」とあるのが古い[3]中世には則武郷の一部であった。

江戸期の五女子村の村域は、五女子町・荒江町・小山町畑代町・八熊通・柳川町長町八幡町八幡本通石場町八島町尾頭橋通八神町の範囲に対応するとしている[4]。五女子村自体は1878年明治11年)に二女子村と合併し、八熊村となり消滅している[4]

関連する「女子」を含む地名は以下の通り。

  • 一女子→『明治十五年愛知県郡町村字名調』によれば、名古屋区正木町小字名に「一女子」がある。また、『尾張国地名考』では五女子村に「一女子」という畔名が残っているとしている。
  • 二女子二女子町
  • 三女子→愛知郡小塚村絵図には西生寺(現在の中川区小本本町)の北側に「三女子 畑」と書かれている。『尾張国地名考』では闇之森八幡社佐屋街道の間に「三女子」という地名があるとしている。
  • 四女子四女子町
  • 六女子→中川区篠原町(江戸期の丸米野村)の小字名に「六女子」が存在した。現在の中川区宮脇町付近。
  • 七女子→江戸期まで愛知郡七女子村が存在し、小塚村の支配地となっていた。現在の中川区松ノ木町。近接する荒子町には昭和期まで「七女子」という小字が残っていた。

行政区画の変遷

世帯数と人口

2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]

さらに見る 町丁・丁目, 世帯数 ...
町丁丁目世帯数人口
五女子町 280世帯 625人
五女子一丁目 189世帯 402人
五女子二丁目 199世帯 367人
668世帯 1,394人
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学区

市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 6]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 7]

さらに見る 町丁・丁目, 番・番地等 ...
町丁・丁目番・番地等小学校中学校高等学校
五女子町全域名古屋市立八幡小学校名古屋市立八幡中学校尾張学区
五女子一丁目全域
五女子二丁目全域
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施設

その他

日本郵便

  • 集配担当する郵便局は以下の通りである[WEB 8]
さらに見る 町丁, 郵便番号 ...
町丁郵便番号郵便局
五女子454-0033[WEB 2]中川郵便局
五女子町454-0034[WEB 3]
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脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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