五将軍
From Wikipedia, the free encyclopedia
概説
彼ら5名は『魏書』第十七「張楽于張徐伝」に伝が一まとめにされており、いずれも曹操の配下として優れた功績を残した将である。また、徐晃伝に付される形で、朱霊伝も同一巻に記述されている。なお、ほかにも夏侯惇、夏侯淵や曹仁などの優れた将はいるが、彼らは曹操の親族であるために伝は別巻になっている。
時期は前後するが、「前将軍・張遼」「右将軍(前任)・楽進」「左将軍(前任)・于禁」「左将軍(後任)・張郃」「右将軍(後任)・徐晃」「後将軍・朱霊」と、全員が四方将軍に任じられている。延康元年(220年)、曹丕の家臣団が曹丕に対し、後漢からの禅譲を受けるよう勧めた『魏公卿上尊号奏』には、十五番目に左将軍であった張郃、次に右将軍の徐晃、前将軍の張遼、後将軍の朱霊が名を連ねている[1]。当時、于禁は呉の捕虜であり、楽進は死去したものと推測される。