京極駅
かつて北海道虻田郡京極町にあった日本国有鉄道の駅
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歴史
年表
- 1919年(大正8年)11月15日:鉄道院京極軽便線倶知安駅 - 当駅間開通に伴い、開業。一般駅[1]。
- 1920年(大正9年)7月15日:当駅 - 脇方駅間延伸開通(京極軽便線全通)に伴い、中間駅となる。
- 1922年(大正11年)9月2日:路線名を京極線に改称、それに伴い同線の駅となる。
- 1928年(昭和3年)10月21日:胆振鉄道当駅 - 喜茂別駅(初代)間開通。
- 1941年(昭和16年)9月27日:胆振鉄道が胆振縦貫鉄道に譲渡(合併)される。
- 1943年(昭和18年)7月:駅舎改築[4]。
- 1944年(昭和19年)7月1日:胆振縦貫鉄道が戦時買収により国有化、路線名を胆振線に改称[1]。同時に京極線を胆振線に編入。それに伴い同線の駅となる。転車台廃止[5]。
- 1970年(昭和45年)11月1日:当駅 - 脇方駅間の支線が廃止される。
- 1980年(昭和55年)5月15日:貨物の取り扱いを廃止[1]。業務委託駅となる[6]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物の取り扱いを廃止[1]。
- 1986年(昭和61年)11月1日:胆振線の全線廃止に伴い、廃駅となる[2]。
駅名の由来
→「京極町」も参照
1895年(明治28年)12月、旧丸亀藩主京極家の子爵、京極高徳によって、現在の脇方川沿いのワッカタサップと呼ばれていた土地に「京極農場」が開かれた。この農場を中心に周辺に沢山の開拓農場が開かれて、「東倶知安」と通称されるようになり、市街を形成するようになった。その後、1910年(明治43年)に倶知安村からの分村の際にこの市街地名から村名は東倶知安村となった[7]。
その9年後の1919年(大正8年)に当地まで鉄道が開通することとなったが、駅は東俱知安市街から離れた京極農場の敷地が提供されて設置されることとなり「京極駅」と命名されることとなった[8][9][10]。
このことに対して一部の村民から「村長と京極農場管理人の専横である」との強烈な反対運動が起こったが[11]、その後京極農場が解放されると、当駅の存在などを理由に京極村へ改称されることとなった[12]。
駅構造
利用状況
- 1981年度(昭和56年度)の1日当たりの乗降客数は254人[13]。
駅周辺
- 北海道道821号京極停車場線
- 北海道道784号黒橋京極線[14]
- 国道276号(尻別国道)[14]
- 京極町役場
- 倶知安警察署京極駐在所
- 京極郵便局
- 京極町立京極小学校
- 京極町総合体育館
- 噴き出し公園 - 駅から西に約2km。「日本一の水」と呼ばれた名水(地下水)が湧出している[13]。現在は道の駅名水の郷きょうごくが開設されている。
- 北海道信用金庫京極支店
- ようてい農業協同組合(JAようてい)京極支所
- 尻別川[14]
- 春日渓谷 - 駅から南東に約5km。ペーペナイ川にあり、紅葉やツツジの名所でイワナ釣りができる[13]。別名・朝日渓谷。
- 羊蹄山(蝦夷富士) - 駅の西[14]。
- 道南バス「京極中央」停留所
