仁和県
かつて存在した中国の行政区画
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歴史
922年(龍徳2年)、呉越により富陽県の長寿郷・安吉郷に設置された銭江県を前身とする。979年(太平興国4年)に北宋により仁和県と改称され、銭塘県と共に杭州の首県とされ、臨平・湯村・范浦・江漲橋の4鎮と9郷を管轄した。
南宋になると杭州への遷都が実施され、銭塘県及び仁和県は臨安府の首県とされた。銭塘県城内は6廂(左三廂、右二廂、右三廂、右四廂、城南左廂、城東廂)、37坊、城外には11郷44里が設置された。
元代に仁和県は杭州路の管轄、明代から清末にかけて杭州府の管轄に置かれ、杭州府の府治が設置されていた。1912年、銭塘県との統合が行われ杭県となった。
設置
廃止
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浙江省の歴史的地名 979年 - 1912年 |
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